フルロックの聖域 -1-

ハヤカワ版, 誤訳

ハヤカワ版:(p10)
「どうしたのだ?」

原文:
“Man sollte Ihnen verbieten, unsere Sprache zu benutzen”, sagte Heltamosch.

試訳:
「きみにはナウパロの使用を禁ずるべきかもしれんな」

「われわれの言語」はナウパロと推測。

ハヤカワ版:(p11)
「今回も無私の援助に感謝しなければ。

原文:
“Ich wundere mich, daß Sie mir noch immer in einer solchen Form helfen”, sagte er. “Was ich für Sie getan habe, ist längst ausgeglichen.

試訳:
「なおも自ら援助していただけるとは。わたしがきみのためにしたことを埋め合わせてもすでにお釣りがくる。

原文「こうした形で援助」とはヘルタモシュが旗艦でローダンたちを運ぶこと。

ハヤカワ版:(p12)
「それでも、ユーロクには感謝している。じっくり話しあう時間がなかったのが、残念でならない。この銀河で最も謎の多い種族だったが……」
「ペルトゥスもいるがね」

原文:
“Ich schätze Torytrae trotzdem”, meinte Rhodan. “Es ist schade, daß ich keine Zeit habe, um mich mehr mit den Yulocs zu beschäftigen. Sie waren das interessanteste Volk dieser Galaxis.”
“Abgesehen von den Pehrtus!” sagte Heltamosch.

試訳:「それでも、トリトレーアのことは高く評価している。ユーロクという種族について調べる時間がないのが、残念でならない。この銀河で最も興味深い種族だよ」
「ペルトゥスを除けばな!」

原文 mit den Yulocs は複数形で種族全体を表している。

ハヤカワ版:
それにとっくに滅亡した種族だからな。いや、たんに噂だけの存在かもしれんぞ」

原文:
“Wir wissen nicht, ob sie noch existieren. Sie sind nur ein Gerücht.”

試訳:
いまも存在するかはさだかでない。まだ噂だけにすぎん」

いるかもしれないから、捜すわけで。

ハヤカワ版:
「われわれのような“失踪者”が、この大宇宙で出会うこと自体、奇蹟にひとしいのだ。それ以上はとても望めないね」
「いや、ふたりの邂逅は奇蹟でもなんでもない」と、マト・プラヴト。「きみらの捜しもとめるものが、ふたりを同じ場所へと導いたのだ」

原文:
“Es war ein unglaublicher Zufall, daß zwei Verschollene sich in einer großen Galaxis gefunden haben.”
“Das war kein Zufall” widersprach Heltamosch. “Ihre Ermittlungen mußten Sie beide früher oder später gleichzeitig gemeinsam an einem Ort auftauchen lassen.”

試訳:
「暗中模索するふたりが巨大な銀河の中で邂逅したこと自体が、そもそも信じがたい偶然なのだ」
「偶然などではないさ」ヘルタモシュが反駁した。「きみらの探求は、遅かれ早かれ、ふたりを同じ時、同じ場所へと導いたにちがいない」

ヘルタモシュの反論の方がIFの世界。あと、宇宙ではなく銀河(ナウパウム)。

ハヤカワ版:(p13)
《プリント》のポジションからは、惑星表面のほぼ三分の二が観察できた。

原文:
Bisher hatte man von der PRYHNT aus allerdings höchstens zwei Drittel der Planetenoberfläche beobachten können.

試訳:
とはいえ、《プリント》のポジションからは、惑星表面のせいぜい三分の二が観察できたにすぎない。

残り三分の一に文明の痕跡があるかもしれないし、というニュアンスを前後から読みとってほしい。

ハヤカワ版:(p14)
 ヘルタモシュは返事をせず、またタブーを恐れて、思いきった行動をとる決心がつかないのだろう。
「《プリント》は着陸しない」と、ゼノが言った。マト・プラヴトの態度を見て、やはり同様に判断したらしい。
「そのとおり。《プリント》は着陸しない!」と、ガイト・コールがくりかえす。(以下略)

原文:
Rhodan warf Heltamosch einen fragenden Blick zu. Der zukünftige Regierungschef schüttelte den Kopf. Heltamoschs Scheu vor den alten Völkern seiner Galaxis war so groß, daß er sich auch diesmal zurückhalten würde.
“Die PRYHNT wird nicht landen!” stellte Zeno fest. Er hatte den stummen Austausch von Frage und Antwort zwischen Rhodan und Heltamosch beobachtet und richtig gedeutet.
“Die PRYHNT wird nicht landen!” wiederholte Gayt-Coor.

試訳:
 ローダンはヘルタモシュに目線でたずねた。将来の政府首班がかぶりを振る。ヘルタモシュの太古種族に対する畏怖の念は強すぎるから、今回も後方にとどまるのだろう。
「《プリント》は着陸しないのだな!」と、ゼノ。ローダンとヘルタモシュの間に交わされた無言の対話を正しく理解したのだ。
「《プリント》は着陸しない、と!」ガイト・コールがくりかえした。(以下略)

ローダンとヘルタモシュが目と目で通じ合うのがキモかったのだろうか(笑) あと、ゼノもガイトも《プリント》における命令権はないはずで、一考の余地があるかと。

ハヤカワ版:
「いますぐに?」と、ゼノは驚いたふりをして、「もっとホルントルに接近したほうがいい」

原文:
“Jetzt schon?” entfuhr es Zeno. “Wir können noch viel dichter an Horntol herangehen.”

試訳:
「もうか?」と、ゼノが思わず、「もっとホルントルに接近できるのに」

動詞 entfahren は「(思わず)漏れる」なので、ふりではない。

ハヤカワ版:(p16)
「きみはこの銀河でも、もっとも高い知性を有する種族の一員だ。(以下略)

原文:
“Gayt-Coor gehört zu den Intelligenzen dieser Galaxis.

試訳:
「きみはこの銀河の知性体だ。(以下略)

ローダンとゼノはサイナックなのでこの銀河の禁忌に縛られない、という考え。Intelligenz はPRSでは「知性体」でほぼまちがいない。インテリゲンチャではない。

ハヤカワ版:
「あまり伝承やタブーに振りまわされるのは、いかがなものか。それに、部下の意志も尊重したほうがいいと思うが、ヘルタモシュ」
 デュイントの政府主席はしぶしぶ了承した。

原文:
“Sie dürfen die Legenden nicht überbewerten, Heltamosch.”
Heltamosch gab seine Zustimmung nur widerstrebend und wahrscheinlich auch nur deshalb, weil er die Entscheidungsfreiheit Gayt-Coors akzeptierte.

試訳:
「伝説を過大評価すべきではないよ、ヘルタモシュ」
 ヘルタモシュはしぶしぶ了承した。おそらくは、ガイト・コールの決断を尊重したがゆえのこと。

地の文を科白にくりこむ意味が不明。

ハヤカワ版:(p19)
そういう種族なのだ。

原文:
(なし)

試訳:
(削除)

der Accalaurie なので、ゼノ単体の話である。

ハヤカワ版:(p20)
 まもなく、探知スクリーンの映像が変わり、惑星地表がうつしだされた。

原文:
Wenig später wechselten die Bilder auf den Ortungsgeräten.

試訳:
 まもなく、探知スクリーンの映像が変わった。

「天国みたい」な風景が、拡大映像に変わっただけ。

ハヤカワ版:
「砂漠だろうか……」と、ガイト・コールがつぶやく。

原文:
“Es sieht aus wie Dünen!” stellte Gayt-Coor fest.

試訳:
「砂丘ですな!」と、ガイト・コールが確認。

デューンである。Wüste ではない。

ハヤカワ版:
とにかく、自然界のありふれた風景だ。人工物ではない」

原文:
“Was immer sich unter diesem Boden befindet, ist nicht natürlichen Ursprungs.”

試訳:
この下にあるのが何であれ、自然界のものではないな」

うちの原書は3版だが。そんなにちがうかね。

ハヤカワ版:
ロジック処理をほどこせば、もうすこし鮮明な画像が得られるだろう」

原文:
“Wir müssen die versiedenen Aufnahmen mit der Logikauswertung zusammensetzen, dann bekommen wir vielleicht ein vernünftiges Bild.”

試訳:
「さまざまな映像を論理分析してつなぎあわせれば、納得のいく全体像が得られるだろう」

「ロジック処理」は、プログラム関係の用語。

ハヤカワ版:
「なんだろう?」トカゲの末裔はいくらか鮮明になった映像を見て、考えこんだ。「砂に埋もれたステーションだろうか?」

原文:
“Was kann es sein?” sinnierte Gayt-Coor. “Eine verschüttete Station?”

試訳:
「なんだろう?」と、ガイト・コールが考えこむ。「埋没したステーションですかな?」

一連の「鮮明な画像」は、最初のゼノの科白「もっと外側の形はわからないのか?」をまちがえたことに起因する。単にデカすぎて全体像が見えないだけなのだ。

ハヤカワ版:(p21)
「全体像はよくとらえているはずだ。ロジック処理しても、全体像は変わらない」

原文:
“So etwas könnte der gesamte Landstrich aussehen. Es ist eine gestellte Aufnahme, von der Logikauswertung nach den vorliegenden Bildern zusammengestellt.”

試訳:
「全体像はそう見えるはず。これは、いままでの画像を論理分析によってつなぎあわせた合成映像だ」

ロジック処理という言葉に騙された感じ。ひとつの画像をいじっているわけではない。

ハヤカワ版:
砂漠らしき一帯に、巨大なカレイのような物体が、なかば埋もれている。

原文:
Das Dünengebiet in seiner Gesamtheit erinnerte Rhodan entfernt an eine überdimensionale Flunder.

試訳:
砂丘全体は、ローダンにどことなく、超巨大なカレイを連想させた。

これも最初に「砂漠」とやった後遺症だろう。

ハヤカワ版:(p22)
ペルトゥスの手がかりをついに見つけた……!

原文:
Hatte er eine Spur der Pehrtus gefunden?

試訳:
ペルトゥスの手がかりを見つけたのだろうか?

疑問文である。どうしてそんなに断定的なのか。

ハヤカワ版:
テラナー、ペトラクツ人、アッカローリーは、なお考えこむマト・プラヴトを見つめた。やがて、ナウパウム・レイチャトの次期統治者が顔をあげる。太古の遺跡を前にして、その意味をはっきりと認識したのだろう。

原文:
Zeno, Gayt-Coor und Rhodan sahen Heltamosch an, der den Kopf gesenkt hatte. Es war zu sehen, wie es in diesem mächtigen Mann arbeitete. Angesichts dieses uraltes Gebildes mußte auch Heltamosch die Relativität seiner eigenen Bedeutung erkannt haben.

試訳:
ゼノ、ガイト・コール、そしてローダンは、うなだれたヘルタモシュを見つめた。この強大な権力を握る男の考えが、見てとれそうだ。太古の遺跡を目の当たりにして、価値観の相対性に気づいたのだろう。

マト・プラヴトである自分がちっぽけに思えた、のかもしれじ。それにしても、個人名/種族名がかたっぱしから逆になっているのはどうしたことか?

……。
というわけで、第1章の目立った箇所だけ挙げてみた。印は、中でもちょっとひどいな、というもの。これ以外にも、微妙に「違わんか、コレ?」という程度なら、まだまだある。やたらと“「~……」とつぶやいた。”になっているが、原文は“「~!」と言った。”が大半(むしろ原文は!が多すぎだが)だし、探知担当を振り返ったり、またきびしい顔になったりと、本文にない描写が相当箇所追加されているなど、個人的には「修飾過多」と判断する。

ただし、以前『消えた仮面の男』正誤表をニフティでアップした際も書いたと思うが、これは訳者を個人攻撃するものではない。くりかえし念を押しておきたい。Intelligenz=知性体というテクニカルターム(笑)が訳せないのは、単なる経験不足だし、独文和訳→訳文単独で推敲、というシステムの構造的な問題の方が根深いと思われる。五十嵐さんに過労死されても困るが、やっぱり原文との照らし合わせは要るのではなかろうか。

Posted by psytoh