訃報:ロベルト・フェルトホフ
ロベルト・フェルトホフ (Robert Feldhoff)
1962.7.16 – 2009.8.17
今年、一番心配していたことが事実となってしまった。21日付けの公式サイトで公開されたニュースは、8/17早朝、闘病中であったシリーズの草案作家、ロベルト・フェルトホフが世を去ったことを告げた。享年47歳、あまりにも早すぎる死である。
1962年生まれのフェルトホフは、作家チームの中でも最も若い世代に属する。しかし、最も愛された作家のひとりでもあった。
1987年、弱冠24歳にして、惑星小説『アルファ=アステロイド』でプロ・デビュー。同年1328話『死のハーモニー』からヘフト執筆チームに参加したフェルトホフは、またたく間に人気作家となる。事実、タルカン・サイクル終了後に行われた1300話台を対象とした読者投票では、並みいる古参作家をさしおいて、1328話と1376話『ヘクサメロンの徴兵者』が、それぞれ1位・2位を獲得している。
かつての学友の罠にかかり母校を追われたオファル人の“名歌手”サラーム・シーンや、シャルンとシャーの悲運のハウリ兄弟といった、フェルトホフ描くところのキャラクターたちは、どこか故ウィリアム・フォルツの十八番だった、不遇の中からなおも立ち上がろうとする人々を思い出させるもので、そこもかれの人気に一役買ったことはまちがいない。
しかし、基幹作家のひとりとして常に1割強を担当するうちにその人気を不動のものとし、当時草案作家のひとりであったクルト・マールの急死後、1700話『メビウス』からは100話単位の記念巻をまかされるまでになる。
また、アイデアマンでもあったらしいかれは、マールの後釜として、1800話『クイックモーション』からエルンスト・ヴルチェクと組むシリーズ草案作家となる。トレゴン・サイクルの大筋はほぼフェルトホフの腹案に沿って組み立てられたと言われる。そして、ヴルチェクの引退にともない、2000話以降は単独で世界最長のSFシリーズを背負って立つ形となった。
実際には、編集長のクラウス・フリックや作家チームのアルント・エルマー(後にライナー・カストルが取って代わる)らを加えた「草案ファクトリー」と綽名される中核チームが存在し、作家会議以前にストーリーやアイデアについて協議する体制がヴルチェク=マール時代からできていたようだ。
作家チームの最若輩(後にフランク・ボルシュやミハエル・ターナーら若手も加わるが)にしてリーダーであるという、やや変則的な立場でありながら、〈北の静かなる男〉の異名をとった(かれの終の住処となったオルデンブルクはドイツ北方のニーダーザクセン州にある)口数少なく穏やかなフェルトホフは、作家仲間にも信頼されていたようだ。とはいえ、その活動は実に旺盛である。
アトラン「トラヴェルサン・サイクル」のコンセプトは、現在もポケットブック形式で継続される新アトラン・シリーズにつながるし、「無限への架け橋」を題材にしたコンピューター・ゲームはその後のマルチメディア展開にひとつの領域を切り拓いた。「シルバー・エディション」をはじめとするドラマCDが本格化したのも最近の話である。一方、単行本形式のスペース・スリラーは残念ながらわずか3作に終わったし、ヘフト「ローダン・アクション」シリーズは36話で事実上の打ち切りとなったが、どちらも一定の成果は得られたように思う。
スペース・スリラー第1巻『スタービーストの挑戦』はフェルトホフ自身によるが、かれはこの作品で1998年ドイツSF大賞を受賞している。
しかし、これら重責もあってか、2000話以降、自らヘフトを執筆する量は激減。わずか年に1~3編程度にまで落ち込んだ。そして2009年春には作家会議にも参加できないほど体調を崩していることが明らかになった。2504話までの草案は用意されていたが、先ごろ刊行された2500話を執筆することはすでに不可能で、同僚フランク・ボルシュが代役を果たした。
現在、草案作業はウーヴェ・アントンが代行しているが、今後のシリーズの舵取りを誰が担当するのかは、続報を待つほかない。
フェルトホフの作品は、
・ローダン・ヘフト:101編
※他に、2200話に手を加えた『人類調査隊』がRhodan-Extra1に掲載
・ポケットブック:11冊
・ローダン短編:3作
・アトラン・ヘフト:1編(トラヴェルサン)
・ローダン・アクション:1編
・スペース・スリラー:1冊
日本で紹介されたのは、ローダン・ハンドブック2に掲載された、ヴルチェクとの共著である2000話『それ』のみ。
また、非ローダンとして、イラストレーターのディルク・シュルツと組んで『インディゴ』というコミック・シリーズも手がけていたそうだが、詳細は不明。
……もっともっと書いてほしかった。むしろ、草案なんか誰かにまかせて、どんどん自分で作品を書いてほしい人だった。
『死のハーモニー』もおもしろかったが、個人的には、ヘフト4作目、1360話『ヴィーロノートたちの訣別』からファンになったのだ。夢見果てぬまま、大宇宙への道を閉ざされることを知ったヴィーロノートたちが、永遠の戦士たちに追われつつ、集結し、かつて捨て去ったはずの故郷へ還るさまが、ひどくこころに残った。
その後も、自ら毒を呑んで身体能力を強化しローダンを追撃する〈赤いハウリ〉シャーの末路、そのからだを爆弾に改造されたガルブレイス・デイトンの最期、エラートとテスターレのバルコン人をめぐる冒険、サンプラー惑星が開いたメビウスの環、ヒルドバーン銀河の深奥でアトランの心に語りかける「修理せよ! 神々しきゴマシュ・エンドレッデを呼び戻せ!」の声、そして銀河社会に忌避されたローダンら活性装置携行者の隠遁にはじまるトレゴン・サイクル……と、いつしかボビーの指さす方角を、ぼくらはたどってきたのだ。
単独で草案作家を担うようになってからは、サイクルの〆というか、大団円の方向がいまひとつソリがあわないように感じ、文句をたれつつ、もっとキャラを立たせたフェルトホフっぽいノリなら必ずおもしろいストーリーになるのに、と信じてもいた。
だが、道はここで途切れ、その機会は永遠に失われた。
なんだよ、ボビー。夭折するところまでフォルツに似ることなかったじゃないか。もっと、君の作品を読みたかったんだ、ぼくは。
■公式News:Robert Feldhoff ist tot (リンク切れ)
■公式News:Nachruf: Robert Feldhoff (リンク切れ)
■bloße Worte:Robert Feldhoff: ein Nachruf (リンク切れ)
■NWZonline:Er holte Perry Rhodan in das neue Jahrtausend (リンク切れ)
■Perrypedia:Robert Feldhoff
ディスカッション
コメント一覧
フェルトホフまで逝くとは・・・
フォルツといいツィークラーといい
若死にはつらい。
もしかしたら重病のところ新型インフルエンザに
感染重症化死亡かも?
とにかく、ご冥福をお祈りします。
フォルツが46歳、ツィークラーも47歳ですね……。
昨日はこのニュースがドイツのSFファンダムを駆け抜けたようで、気がついたら、SF-Fan.deからのインフォペーパーが3回も届いていました。
わたしが原初を読み始めたときには、すでにフォルツは亡く、ツィークラーは脱退したばかりでした。どちらもファンではありましたが、リアルタイムで追いかけていただけに、今回のショックは大きいです……。
公式サイトにおかれた弔問を見ますと、Ad Astra という言葉が目につきました。アド・アストラ……星へ、でしょうか。わたくしも故人にこの言葉を捧げたいと思います。
Hermann Ritter の弔文にも使われた、Per aspera ad astra. 艱難辛苦を超え、星まで届く、という成句があるそうです。本来の意味はともかく、天まで届け、と訳すのがぴったりかと。ファンの間では、メールの締めくくりによく使われています。
書き込みを拝見して、私もブログ冒頭に掲げさせていただきました。
フランス語メーリングリストの記事が急に増えたなと思っていたら、この訃報でしたか。しかし1962年生まれとは、若すぎる。残念です。
62年生まれというと、うちの兄とおなじ年齢です……まだまだ、これからの歳月を有していたはずだったのに。
誰かが書いておられましたが、フェルトホフはローダンを読んで育ち、ローダンで作家となった、いわばプロパーのローダン作家でした。そのかれがあれほどの資質を持っていたことはシリーズにとって希有の幸運だと、思っていたのですが。ほんとうに、残念です。