SF短編集『エモシオ』 (Wurdack社)

ドイツSF, 書籍・雑誌

2012年のクルト・ラスヴィッツ賞の選考が、明日4月30日まで行なわれている。だから、というわけでもあるのだが(笑)、今回はWurdack社から出ている短編集『エモシオ(EMOTIO)』の紹介など。
Wurdack社は、以前も書いたが、現在最もSF関連で気を吐いている出版社のひとつ。2010年刊行の短編集『謁見(Audienz)』もRößler & Jänchen編集で、2011年のラスヴィッツ賞ではノミネート7編中5編が同短編集収録作という物凄さだった(受賞は逃した)。

今回のノミネートは、14編中5編(下記リスト中の*印)。他がほとんど雑誌掲載作なのは、新作短編集自体がほとんど刊行されていないからでもある。

表題:EMOTIO / エモシオ
出版:Wurdack-Verlag, 2011
判型:A5変形、388p
編集:Armin Rößler & Heidrun Jänchen

収録作品(掲載順):
Nadine Boos / Emotio / エモシオ *
Bernhard Schneider / Routine / ルーティーン
Christian Günther / Einhundert Worte für Tod / 死を意味する百の言葉
Ernst-Eberhard Manski / Zeitlupenwiederholung / スローモーションでもう一度
Frank W. Haubold / Gute Hoffnung / 良き希望
Niklas Peinecke / Nanne kommt auf den Hund / ナンネ零落
Karsten Kruschel / Violets Verlies / ヴァイオレットの地下牢 *
Arno Endler / Fremde Augen / 異質な目
Gerd Frey / Handlungsreisende / 商用旅行者
Jasper Nicolaisen / Der vorletzte Mensch auf Proteia / プロテアの、最後から二人目の人間
Uwe Post & Uwe Hermann / Der Valentino-Exploit / ヴァレンチノ略取 *
Karina Čajo / Tagebuch einer Göttin / ある女神の日記
Kai Riedemann / Gib dem Affen Zucker / 猿に角砂糖を
Thomas Templ / Die Farbe der Naniten / ナナイトの色
Heidrun Jänchen / In der Freihandelszone / 自由貿易地域にて *
Armin Rößler / Das Versprechen / 約束 *

ぶっちゃけ、全部は読めていないので、ラスヴィッツ賞ノミネート作に絞って内容を簡単に紹介してみよう。

ナディーヌ・ボース 「エモシオ」

どしゃぶりの雨が降る土曜の夜。図書館のホームページで書籍の検索をしていたルーカスがふと気づくと、1件のリンクがそこにあった。禁制のエモシオ――他者の体験を、五感・感情のすべてで記録したもの――への。
だが、好奇心からリンクをクリックしたルーカスは驚愕……恐怖する。それは幼い頃の彼自身が体験した、いまなお傷痕の残る忌まわしい記憶であった。なぜ、そんなものが存在する? 自分は誰かに監視されているのか?
強迫観念に囚われたルーカスは、偶然の助けもあって、裏口から図書館に侵入。バックヤードのコンピュータに、図書館自体の関与を暗示するデータを発見したところで、司書に発見される。彼女は、殺傷力のある武器で武装しており――。
絶体絶命、図書館陰謀史観なアンハッピーエンド・ストーリー。

カルステン・クルシェル 「ヴァイオレットの地下牢」

惑星表面のほとんどを水に覆われた惑星ヴァイオレット。水底には紫の影が躍る。未知の生物と思われるがその生態は未詳である。
船外作業員ラズロの妻ジョーは、そのバイタリティーとインスピレーションで、海洋研究フロートにおいて、ガルガッロ教授に次ぐナンバー・ツーにまで出世していた。ラズロは非番になると、特製コーヒーを淹れてジョーの研究室に届けるのを日課としていた。今日もそのつもりで家を出たのだが、どうも様子がおかしい。やけに軍人の制服姿が目につく。いったい何事だろう。研究の方は、謎に満ちた生体アーティファクトの発見にもかかわらず五里霧中のはずだし……ジョーはなんと言っていただろうか、〈地下牢〉か? そちらもいったいどうなっているのやら。彼女の所在もはっきりしない。これではコーヒーが冷めてしまうじゃないか……。
だんだん切迫していく事態のなか、飄々と妻の行方を探すラズロ。無線で、なんだか研究フロートがほぼ壊滅状態になったことがわかるあたりで、〈地下牢〉内部に閉じ込められた妻や調査派遣隊のもとにたどり着くわけだが。奥様が出した結論は、観察していたのは、わたしたちだけではなかったのね、というもの。〈ヴァイオレット〉は、それ自体が巨大かつ複雑な生命機構であり、人類を細菌と判断したのだ、と。
全員に、まだ温かいコーヒーが振舞われ――まさかの触手エンド(笑)

ポスト&ヘルマン 「ヴァレンチノ略取」

害虫駆除会社オーヴァキルに架かってきた1本の電話――山の手の高級住宅街に住む老婦人からの助けを求めるコールだった。机に山積みになった請求書を眺めて陰鬱な気分になっていたデッカードは勇んで駆けつけるが……。
ヴァン・デン・クール未亡人の邸宅は、犬のヴァレンチノの大暴れによって無残な状況に陥っていた。犬――害獣は対象外と尻込みするデッカードに、倍の支払いをするという夫人。請求書の山を思い出し、しぶしぶ頷いたデッカードは虫取り網をかかえて邸内探索にとりかかった。どうにかこうにか追いつめて、網をかぶせた瞬間、ヴァレンチノの背中が、スペースシャトルのカーゴルームみたいに、ウィーンと開いて中から2本の丸鋸が!
サイ・ドッグ? 聞いてませんよそんなこと! 網を破られ、ほうほうの態で逃げ出したデッカードだったが、背に腹は変えられない。さらなる七つ道具を繰り出して、ヴァレンチノと、その「配下」のサイバー・ペット軍団に立ち向かうが――。
冒頭ヴァレンチノに語りかけてきた「声」の存在から、何者かが背後にいることはあらかじめわかっているのだが、未亡人の逞しさを物語るオチの前には、その正体もかすむコメディSF。

ハイドルン・イェンヒェン 「自由貿易地域にて」

惑星レイワルに1隻の超光速船が到着した。観光客や商人たちに先んじてシャトルを下りたのは、地球からきた外交使節団である。いわゆるフリートレード・ゾーンであるレイワルに、地球流の貿易を根づかせるために――そして利益を得るために――パテント、知的所有権その他の地球人的概念のレクチャーにやってきたのだ。植物の交配による新種の種子もパテントをおさえれば商売になるのです……わかったような、わからないような顔で、それでもレイワル政府は、条約調印を了承した……。
一方、おなじ船でやってきた若者ジョーイは、レイワル訪問は2回目だという男イゴールと意気投合し、観光ツアーにはない、いわゆる「裏」の店に案内される。どこか蜘蛛を思わせるヒューマノイドのレイワル人だが、はじめて見たその「女性」は、それでも完璧な美の化身だった。めくるめく一夜をすごしたジョーイは、なけなしのカネをつぎ込んで店に通いつめ、やがて満足して帰郷する。ところが……。
種子(Samen)がダブルミーニングになっており、最後、おでこに©マークをいただくハメになるジョーイ(と、その他大勢の男性たち)は、ちょいと哀れである(笑)

アルミン・レースラー 「約束」

ワームホールを抜けて、宇宙艦アベルバッハはペンカレール・ステーションに到着した。月ほどもあるステーションで、果てしなくつづく戦争のあいまの、ささやかな休暇をすごすのである。仲間とともに艦を下りたヴィク・スメナンは、雑踏に、いるはずのない男を見た気がして慄いた。レモ・ウィンターは……スメナンが約束を交わした友は、あの時、死んだはずではなかったのか。
惑星マテウスにおける、現住種族マテ人との紛争に増援として送られたときのことだった。マテ人の姿をまるで見かけず、ただ噂ばかりが先行していた。曰く、発展途上種族との紛争で、1年以上これといった戦果があがらないのは、マテ人と接触した人間が「転向」させられてしまうからだ……。なにかトラウマにでもひっかかったのか、ウィンターはその話に過敏に反応し、もし自分が「転向」させられたら、きみが殺してくれとスメナンに請い願い、約束させた。
敵をおびき出すためか、軍は二分され、スメナンもウィンターとは別の配属でマテウス各地をひきまわされることになり――友軍が罠にかかり壊滅したという凶報が届く。ウィンターとの「約束」が、噂を一蹴していたはずのスメナンの脳裏に、嫌な予感とともに蘇った。そして、強襲、乱戦、撃退……撤収していく敵軍のなかに、スメナンはみつけてしまう。何かが変わり果てた友を。殺せ、と声がした。約束を果たしてくれ、と。だが、彼にはできなかったのだ……。
その2日後にスメナンはマテウスを離れ、多くの惑星を転戦してきた。あの日、虐殺されたマテ人とともにウィンターも死んだにちがいない、と信じ込もうとしながら。忘れることのできないままに。いま、約束の履行を再び迫られるのかと戦慄するスメナン。しかし、やがて現われた、変貌した旧友が求めたものは――。
果たされなかった約束で、友情は失われたのか否か。ちょっぴり切ない読後感。

と、まあ、こんな感じ。他のラスヴィッツ賞ノミネート短編とかも、データ集めくらいはしたいのだが……。
さらに、以前紹介するとか書いた『ヒンターランド』の件もさっぱりだ。うわ、やべぇ(汗)
5/19 Manski作の仮題を修正。ドイツ語の“時間ループ”はZeitschleifeだった……orz

Posted by psytoh