彗星の息子ミュトール
この世界には、もはや神々はいない。光の大神クウィルも、闇の主神ゲンラルも。
人々は、喜び、悲しみ、怒り、祝い……そして、呪うときに神の御名を唱えるが、それを聞き届けるものは、すでに存在しなかった。かれらは遠い昔に、この天地から去っていった。ただ、あまたの伝説と、光と闇の戦いだけを残して。
天秤は、光に闇に、かしぐかに見えても微妙な均衡をたもちつづける。そうして、時がその果てにたどりつき、双方が力尽きるまで、人も、魔も、互いと世界の生命力をけずりつつ、ひたすらに闘いつづける。それがここ、神に見捨てられた世界ヴァンゴル。
だが、伝説はわずかに灯る希望の光を告げる。世界が破滅に瀕したとき、彗星の姿で再臨するという〈光の使徒〉と、その祝福をうけた〈彗星の子ら〉の誕生を――。
ミュトールとは
ということで、今回のお題はVPMが80年代に出版した、ドイツじゃあ二番目のファンタジー・ヘフト・シリーズ〈ミュトール(Mythor)〉について少々。
同じくVPMから刊行されたドイツ初のファンタジー・ヘフト・シリーズ〈ドラゴン〉が55話で終了した後を受けて、1980年から85年にかけて週刊(後に隔週刊)で刊行された。作家の多くはローダン・シリーズと共通しており、執筆こそしなかったが初期草案はウィリアム・フォルツの手になる。
ヴルチェクが草案を離れたのは、フォルツの急死でローダン・シリーズの草案作家に就任したためと思われる。後をうけたギーザは〈悪夢の書〉をめぐる物語に決着をつけて200話から〈ヴァンゴルの騎士〉なる新展開を予定していたらしいが、当時はまだファンタジーを受け入れる土壌が熟成されておらず売上げは微妙だったようで、担当編集の事故死もあって、シリーズは192話で打ち切りとなった。
すでに執筆を終えていた193話は、作家陣のひとりが編者であるファンタジー・アンソロジーに掲載された後、現在ではKindle版に収録されている。
■草案作家:
- ウィリアム・フォルツ(1~20)
- エルンスト・ヴルチェク(21~181)
- ホルスト・ホフマン&ハンス・クナイフェル(182・183)
- ヴェルナー・クルト・ギーザ(184~199)
その世界
ミュトールの舞台は、剣と魔法の世界である。
当初物語られるゴルガン(Gorgan)は、周囲を壁に囲まれた世界。主たる居住者は人間であり、タイニア、ケールなど複数国家が並立。ところどころに〈恒点〉と呼ばれる、〈光の使徒〉の遺産が眠る地を7つ抱えている。いつか〈彗星の息子〉があらわれたとき、それら武具を携えて世を救うと言い伝えられる。
世界を囲む壁――〈影地帯〉は魔物の巣窟であり、つねに人間世界への侵攻をくわだてている。〈恒点〉のひとつである〈永遠の都〉ログガードはその防波堤として、強者たちの集うところとなっている。
物語が進むと、主人公ミュトールは思わぬ形でこの壁を突破し、世界の南半分ヴァンガ(Vanga)へと漂着する。こちらは人間世界ではあるが、アマゾネスと魔女たちが威勢を振るう女性上位の国だった。人々の崇拝は〈彗星の娘〉フローニャに向けられている。
実質的統治者は12名の〈魔の母〉で、それぞれが南極の〈魔女星〉から放射状に区切られた領地を治める。
やがてミュトールはこの世界ヴァンゴル(Vangor)が球体であり、なぜ現在の形となったのかを知り、この神に見捨てられた世界を待つ、光と闇の闘いのすえ荒れ果てた地となる未来を見せられる。それを防ぐためにも、光と闇の大戦〈アルメッドン〉に勝利しなければならないのだが……。
物語(サイクル)
ミュトールの物語は、大きく4つのサイクルに分けられる:
1 ゴルガン 1~51話
巨大な魔獣ヤールの背中に築かれた放浪都市で育てられた孤児ミュトール。
タイニアの王女ニアラとの出会いを発端に、自らが伝説の〈彗星の息子〉であると知らされた彼は、〈恒点〉をめぐり〈光の使徒の武具〉を集める冒険の旅に出る。
魔司祭たちにあやつられ闇の尖兵となりタイニアに侵攻した大国ケールの軍団長コエル・オマーンや、蛮族の若者ノトル、ニケリアの石男サダガル、“南から来た魔術師”ヴァンガード、同じく〈彗星の息子〉を称するルクソンなど、多くの人々と出会い、友としたミュトールは、ついにすべての武具を手にし、〈永遠の都〉ログガードにたどりつく。
悪魔アウブリウームとの決戦に勝利したミュトールは、逃げる悪魔ケルゾーンの船に乗り込んだまま、世界を囲む〈影地帯〉に突入する。船は転覆し、ミュトールは生き延びるためにすべての武具を脱ぎ去り流されていく……。
2 ヴァンガ 52~99話
ミュトールは〈影地帯〉のかなた、世界の南半分たるヴァンガに漂着する。そこはアマゾネスと魔女が支配する女たちの国だった。
〈彗星の娘〉フローニャを頂点に、12人の〈魔の母〉たちが統治するこの地で、ミュトールは自らと対になる存在に会うべく、世界の南極〈魔女星〉をめざす。だが、フローニャは、ミュトールとも因縁のある悪魔デデスに憑依され、昏睡状態にあった。結果生じた〈魔の母〉のあいだの権力争いにミュトールは巻き込まれていく。
ゴルガンではミュトールの友人たちがそれぞれの道を切り開いていく。ノトルは蛮族を結集し、魔司祭の支配するケールに進軍。おのが素性を知ったルクソンは大国シャラーダッドの正統王子として玉座奪還に挑む。
そして、最強のアマゾネス、ブーラとの決闘に勝利し、〈魔の母〉ゼームの野望をくじいたミュトールは、残る〈魔の母〉の評議会の勧告に従い、魔法の器〈ヘルメグゼ〉にフローニャとともに封印され、〈影地帯〉にうち捨てられる……。
3 影地帯 100話~139話
〈ヘルメグゼ〉の封印から、ブーラの助けで解き放たれたミュトールとフローニャは、かつて〈光の使徒〉によって人間界から駆逐された魔の生き物たちの世界から、わずかばかりの仲間たちとともに、脱出の道を探る。
女性上位のヴァンガで、ただひとり名の残る男――〈かの男〉ケーリルの伝承によれば、その最期は〈飛行都市カルルメン〉で〈影地帯〉に没したという。かすかな希望を頼りに、〈影地帯〉の底にまで及んだ道のはてで《カルルメン》を解放したミュトールは、はじめて〈アルメッドン〉の名を知る。
光と闇の大戦〈アルメッドン〉の名は、ゴルガンで戦うミュトールの友人たちの耳にも届いていた。突如西方から侵攻してきたザケト帝国は、予言に従い、光の軍勢を統一すると叫ぶ。〈光の使徒〉の再臨は近い!
〈闇の王〉ダルコンを打倒し、ゴルガンへと脱出したミュトール。彼を旗印に人々が集う。だが、闇の軍勢も新たな〈闇の軍団長〉ザタンのもとへ集結し、ゴルガン各地に〈悪魔の門〉が開き、機先を制した。そのとき、ようやく、空に輝く彗星があらわれて――。
早すぎた〈アルメッドン〉が闇の勝利に終わるのを防ぐため、〈光の使徒〉は世界に混沌を招来する。大地が裂け、火が、水が、嵐が荒れ狂うなか、ミュトールはその声を聞いた。
彗星の息子よ、新たな時代の黎明に、より強き光を導くものとなれ……。
4 悪夢の書 140~192(199)話
変わり果てた世界ヴァンゴルで、記憶を失いめざめたミュトール。〈影地帯〉の名残をなす〈恐怖のゾーン〉を支配する〈渾沌の主人〉カラウンを倒し、ドラゴンランドではザタンの侵攻を撃退する過程で、ようやく記憶をとりもどした彼は、〈悪夢の書〉なる新たな謎に直面する。そのかけらだけで、〈モロク〉や〈悪夢の商人〉など、おそるべき災いを招くもの。
ゾーン帝国の地で、失われた〈光の使徒の武具〉の手がかりをつかんだミュトールだが、その前には新たな敵対勢力が次々とたちはだかる。ザタン率いる闇の軍団。〈戦士ゴルガン〉を信奉する勢力。そして、ザタンと同様、〈悪夢の書〉の断章を欲する〈三恐怖〉トリルム。
第一の書ラオナクムはトリルムに奪われ、第二の書ラダマクラはザタンの手にわたる。しかも、ラダマクラの番人は〈戦士ゴルガン〉その人であったのだ。かつて、光の神々によって創造された超人。だが、同じ超人たる〈魔女ヴァンガ〉と仲違いして闇の伸張を招いた罰として、半ば封印され、守護者の任を負わされていたのだ。いま、彼はおのが名を冠された世界に帰還した――。
ヴァンガでも〈魔女ヴァンガ〉が復活していた。フローニャ――現在は〈魔の母〉ゾーニャ――の産み落とした、ミュトールとの娘〈光の子〉に、第三の書オクノスタ守護の任を譲り渡して。ゴルガンもヴァンガも、アルメッドンなどどうでもよかった。遺恨のある超人同士、決着をつけることしか考えていない。
第四の書イリディストラの眠るケールの地で、ミュトール、トリルム、そしてヴァンガへの対抗手段を求めるゴルガンの三つ巴の闘いがくりひろげられるが、超戦士の持つ〈光の使徒の法珠〉ドラゴマエと、悪夢の書が封印された闇の環状列石ストン=ニル=ルメン、トリルムの手中にしたイリディストラが共鳴し、互いに互いを破壊し、魔力の破片の流星雨〈星落とし〉にいたる。アルメッドンの災禍から復興しきれぬヴァンゴルは、また大いなる痛手を負ったのだ……。
残るは最大の魔力を秘めた第五の書パノメスシオ。だが、唯一とりもどした〈光の使徒の武具〉、〈正義の兜〉に宿る歴代所有者の記憶がミュトールに警告する。パノメスシオは、数千年もの昔、すでに何者かによって奪取されている、と――。
ここで、〈彗星の息子〉ミュトールの物語はとぎれている。
ミュトールこぼれ話
〈恒点〉:
- キュトールの滝
- 〈光の城〉
- アルタールの雲界
- 魔法の谷
- 生命の樹
- ティローンの巨像
- 〈光の柱〉
〈恒点〉は7ヵ所あるが、実はすべてに〈光の使徒の武具〉があるわけではない。
最初の滝には、他の所在地等を教えてくれる、お告げの仙女様しかいないw
魔法の谷には、〈光の使徒の三幻獣〉である灰色狼、雪鷹、一角獣が暮らしてる。
弓と箙はセットで置いてある。当然か。
これらの〈恒点〉を「正しい順序で」めぐることが、世界を知ることに通じる、らしい。
なお、雲界にある〈正義の兜〉だが、これについては、“歴代所有者”の記憶が宿っている、とされるので、一時期、あるいは複数回にわたって持ち出されているはずである。
〈光の使徒の武具〉:
- 硝子の剣アルトン
- 正義の兜
- 星の弓
- 月の箙
- 太陽の盾
- 法珠ドラゴマエ
ミュトールはその5つまでを集めることに成功するが、ログガードの〈光の柱〉が〈彗星の息子〉に与えるという「不死」だけは得ることができなかった。ログガードの賢人たちは多くの候補者を用意したが、ミュトール到着の直前、別の男が〈彗星の息子〉に認定され、5つの武具もすべて彼に与えられたのだ。しかし、〈光の柱〉に入って〈法珠〉ドラゴマエを持ち帰った彼は、見る見るうちに老いさらばえ、重くて身につけていられない、と武具をミュトールに返却して倒れた。〈光の柱〉はそのまま消滅した。
悪夢の騎士団:
わりとシリーズ初期から登場する、秩序を護るために戦う組織。
ケールの魔司祭たちに疑念を抱いたコエル・オマーンは、紆余曲折あって騎士団に身を投じることになるが、本来、この組織が黒魔法を集めて封印するためのものだったことはすでに伝承から失われていたようだ。それら黒魔法のかたまりが〈悪夢の書〉である。
コエル・オマーン:
シリーズ序盤から登場する、ケールの騎士。タイニア侵攻軍を率いる軍団長のひとりでありながら、母国を支配する魔司祭たちに疑念を抱き、ミュトールと友誼を結ぶ。アルメッドンの際には、自らが一介の戦士にすぎないと自覚しているミュトールによって、知勇兼備する彼こそが〈光の軍団長〉にふさわしいと推挙されるほどの男である。
だが、変貌したアルメッドン後の世界においては、〈戦士ゴルガン〉信奉者の領袖としてミュトールと対立する立場。〈光の軍団長〉の証として預けられた〈法珠〉ドラゴマエを所持する。
■Wikipedia:Mythor
■MYRA:Mythor-Serie (Mythorの世界観を下敷きにしたTRPGのページ)
■Zauberspiegel:Mythor – Die zweite deutsche Fantasy-Serie
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