超空間をこじあけて -1-
とりあえず、146pからの一幕について、以下に試訳をあげる。
インペリウム=アルファでは地球に残っているミュータントたちが出動命令を待っていた。テレキネスのバルトン・ウィトは、毎度のごとくイルミナ・コチストワに言いよっている。華奢なキルギスタン女性は、精神の力で細胞核を操作するメタバイオ変換能力者である。
粘液質の超心理リフレクター、ダライモク・ロルヴィクは、しばらく会話に耳をかたむけていたが、やがてあきれたように目を閉じ、太鼓腹のうえで腕を組むと、狸寝入りを決めこんだ。身の丈二メートル以上、おまけに人並みはずれた肥満体なので、カウチひとつを占領してしまう。
三つ目のスツールにはネズミ=ビーバーのグッキーがいて、バルトン・ウィトとイルミナの観察でヒマつぶしをしていた。
目前にせまる任務については、心配などしていない。この部屋から、転送機を用いれば時間のロスなく宇宙ステーション“オブザーヴァーI”にたどりつける。このステーションは数日来、三千三百万キロメートルの距離をおいて太陽を周回しており、つねにコボルトから“目を離さない”でいた。
インペリウム=アルファにはペリー・ローダンとレジナルド・ブルも待機しており、決定的瞬間には転送機で宇宙ステーションへ赴く予定だ。コボルトで最初の実験をおこなう科学者たちは先発している。
オブザーヴァーIはもともと実験コマンドに所属していた直径八百メートルの球形艦。改造されて、規格外なまでに高出力の核反応炉や実験施設などを搭載している。
太陽から二光分足らずとあって、むしろ水星軌道の方が近いのだが、それでも白色矮星までわずか四十光秒――適切なポジションを保っている。太陽、コボルト、オブザーヴァーI……三つの天体は見えざる力にむすばれるように、一直線の位置関係にある――ある意味、そのとおりなのだが。
「パラダイスVIIなんかどうだい、イルミナ?」と、バルトン・ウィトが美しいミュータントの腕をそっと撫でつつ、「いっしょに休暇をすごすのにってことだよ。この作戦が一段落ついたら相談しないか?」
イルミナ・コチストワはきびしい視線をむけて、
「あなた、ほかに考えることはないの?」
テレキネスはきっぱりとかぶりをふり、
「いや、ぜんぜん。見方を変えれば、いま計画を練るってのは、論理的でもあるんだ。もう少ししたら、そんな時間はなくなるだろ?」
グッキーが押し殺したくすくす笑い。すこぶる楽しんでいるらしい。ロルヴィクがいびきをかきはじめても、バルトンは気にしない。もう何時間もこの部屋で待機しているのだ。モニタースクリーンも暗いまま。
「たしかに、そうかもしれないわね、バルトン。でも、正直言って、いま休暇のことなんて考えられないの。それに、いつラール人に計画をだいなしにされるかわからないし――あなたのお誘いを受けたと仮定した場合だけどね。だいたい、ほかにもわたしに関心をもってくれる人がいるとは思わないの?」
バルトン・ウィトは深く息を吸いこんだ。
「ほかにも? まさか、プロポーズしたやつがいるのか?」
「何人もね」イルミナは平然とうなずいてみせた。
バルトン・ウィトは再び大きく息を吸いこんで、
「そのあつかましい連中はどこのどいつだ、イルミナ? きみを真に崇拝し、愛しているのはわたしだけだと、皆いいかげんに理解すべきだ。まあいい、ならばわたしもいま、おなじ申し出をしようじゃないか。受けてくれるね?」
「あら、ちょっといきなりすぎない?」彼女はにべもない。
「いつもいきなりなんだ」と、グッキーが口をはさみ、茶目っ気たっぷりにニヤリと笑う。「ほかの女性にお熱なときもそうだった。たとえば、あわれなコーネリア・スター――宇宙港に近いハイパー通信センターに勤務してるんだけど――彼女がコンタクトレンズを調整する間もないうちに、目の前のテーブルには婚姻届。それに、ベリナ・デゴルのときも……! かわいそうに、まだお子様なのに、すっかり失望……」
「黙っててくれ!」バルトン・ウィトはそうどなると、巨大な胸郭をいっそうふくらませて、「ぜんぶイルミナに出会う前の話じゃないか」と、こぶしをふりまわした。「だいたい、なんで口をつっこむんだ、ちび助? あんたにゃ関係ないだろう! そんな暇があったら、あんたのナラが太陽に落っこちないか心配してやりな。わたしの計算が正しければ、彼女いまごろ、太陽から四千万キロメートルぽっちのとこにいるはずだぞ」
その計算は正しかった。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません