宇宙駅のヒ・ミ・ツ
新訳者・若松宣子氏担当の341巻『生まれざる者の恐怖』が刊行された。ケストナーの『飛ぶ教室』新訳等で活躍されている方である。正直、畑ちがいなんではなかろーかと思わないでもなかったが、あとがきを拝見して、多少得心がいった。今後のご発展を期待したい。
んで、いきなりだが。
■9p
ハヤカワ版:
(前略)大全周スクリーンには巨大構造物がうつしだされている。
奇妙な構造物だ。基本的には、巨大でぶあつい円盤三基で構成されており、その三基がクローバーの葉のように配置されていた。中心には軸のような構造物があり、その両端は先にいくほど細くなる。残念ながら、映像はあまり鮮明ではない。ここは銀河間の空虚空間で、いちばん近い恒星でも数十万光年はなれているから。とはいえ、まだ宇宙駅の輪郭がはっきりわかる程度の光はあるが。細部がほとんど見えないのは、全体が恒星の数千倍の輝きを発する、光のオーラにつつまれているためだ。原文:
(…) , und sein Blick blieb auf dem vorderen Sektor der großen Panoramagalarie haften.
Ein merkwürdiges Gebilde war dort zu sehen. Es bestand aus drei dicken, kreisförmigen Scheiben, die in der Art von Kleeblattsegmenten um ein gemeinsames Zentrum herum angerodnet waren. Das Zentrum selbst bildete eine Spindel, eine Art Turm mit beiderseits sich verjungenden Enden. Das Bild war nicht sonderlich klar. Hier draußen im Leerraum zwischen den Galaxien, Hunderttausende von Lichtjahren von der nächsten lichtspendenden Sonne entfernt, gab es gerade noch soviel Helligkeit, daß die Umrisse der Raumstation als Schatten erschienen wären. Einzelheiten des Gebildes waren nur deswegen auszumachen, weil die Station sich in eine Aura aus künstlichem Licht gehüllt hatte, die von Tausenden greller Sonnenlampen erzeugt wurde.
試訳:
(前略)男の視線が、大全周ギャラリーの前方画面で停止する。
奇妙な構造物がそこにうつしだされていた。ぶあつい円盤三基が、さながらクローバーの葉のように配置されている。中心部分は紡錘状、両端が先細りになったタワーである。映像は、あまり鮮明なものではなかった。ここは銀河間の虚空で、光をもたらすもっとも近い恒星でも数十万光年のかなたにあり、ステーションの輪郭が影のようにわかる程度の明るさしかないのだ。細部がわかるのは、ステーションが幾千もの太陽ランプがうみだす人工の光のオーラにつつまれているからにすぎない。
#最近、Leerraum を「空虚空間」というあやしい四文字熟語(笑)で訳すのがハヤリのようだが、虚数空間でもあるまいに、伝統的な「虚空」でよいと思われ。また、巨大、巨大と連発しているが、ステーションの「巨大さが実感できる」のは12pで接近してからで、この時点ではそういう描写はない。
■10p
ハヤカワ版:
司令スタンドの中央にあるコンソールには、長身痩躯の男がすわっていた。しかし、はいってきた中年男に気づくと、立ちあがり手招きする。年齢はさだかでない。豊かな白ブロンドの長髪と赤い目は、アルビノに特有のものだ。原文:
Der Mann hinter der Chefkonsole, die sich auf einem Podium in der Mitte des Kommandostands erhob, hatte den Eintretenden bemerkt und winkte ihn zu sich. Er war ein hochgewachsener Mensch unbestimmbaren Alters, mit wallenden, weißen Haaren und den rötlichen Augen eines Albinos.
試訳:
司令スタンド中央、一段高い場所にある指揮コンソールの男が、入ってきた人物に気づいて手招きした。長身痩躯で年齢はさだめがたく、豊かなプラチナブロンドの髪と赤い目はアルビノ特有のもの。
#erhob は指揮コンソールを修飾する文節の動詞である。
#「銀髪灼眼」と訳せというヒトもいるのだが……(笑)
■14p
ハヤカワ版:
ステーションにはいったら第一転送機をお使いください」原文:
Bitte bedienen Sie sich des ersten Transmitters nach Betreten der Station.”
試訳:
ステーションに入ってすぐの転送機をお使いください」
#進入後最初の転送機、と読んだ方がすんなり理解できる。大文字じゃないし。
ハヤカワ版:
フィールド・ブリッジはシャフトにつながっていた。このシャフトは中央軸に対して並行に配置され、円盤をクローバー型につなぐセグメントにつづいている……日常感覚でいうと、たんに“垂直に配置”と考えればいいが、ここには重力がないため、こうした表現が必要になるのだ。
セグメント内もやはり無重力で、一定方向に反重力フィールドが設定されていた。それにそって進んでいくと、やがて卵型の空間に到着。壁ぎわには、アーチ型の転送フィールドが見える。
一行はなおも浮遊したまま前進したが、やがて重力を感じて“床”に降り、正方形のひろいホールにはいった。ホテルのロビーを彷彿させる、エキゾティックなホールだ。(中略)
転送アーチをくぐると、迎えたのはマークスではなく、作業コンビネーションを身につけた、テラナーの集団であった。原文:
Die Feldbrücke mündete in einem der Schächte, die das kreisförmige Kleeblattsegment paralle zur Mittelachse – “senkrecht” also im alltäglichen, in der Schwerelosigkeit des Alls jedoch inkorrekten Ausdrucksweise – durchzogen. Auch hier war die Gravitation ausgenullt. Die Ankömmlinge treiben durch den Schacht dahin, bis sie eine eiförmige Ausweitung erreichen und an der Wand der Weitung das schimmernde, torbogenförmige Energiefeld einer Transmitterstation erblickten.
Sie schwebten hindurch, einer nach dem andern. Das erste, was sie spürten, war das plötzliche Wiedereinsetzen der Schwerkraft. Sie landeten in einer weiten, rechteckigen Halle, die an das Foyer eines exotischen Hotels erinnerte. (…)
Atlan und seine Begleiter wurden erwartete – allerdings nicht von dem maahkschen Grek-1, sondern von einer Horde aufgeregter Terraner in Arbeitsmonturen.
試訳:
フィールド・ブリッジは、円盤セグメントを中央軸と並行――日常感覚からいえば“垂直”だが、無重力状態の宇宙においては、それは正しい表現ではない――につらぬくシャフトの一本に接続されていた。その内部もやはり無重力。シャフトにそって進むと、やがて卵型に広がる空間に到着した。壁に転送機のアーチ状エネルギー・フィールドがきらめいている。
一行は順繰りにこれをくぐった。最初に感じたのは、いきなり復活した重力。かれらが“着陸”したのは、エキゾティックなホテルのロビーを彷彿させる、正方形の大広間であった。(中略)
アトラン一行の出迎えもそこにいた――ただし、マークスのグレク=1ではなく、作業服を着た、熱狂的なテラナーの一団が。
#だから、最初の転送機をお使いくださいっていったのに(爆)
#ドイツ語の垂直 senkrecht は、重力にひっぱられて落ちる方向、である。したがって、無重力だとそーゆー方向自体が存在しない。
#この場合、シャフトは「縦穴」であって、クローバー状セグメントをつなぐ役目はしていない。つないでいるのは中心の紡錘タワーである。というか、この章冒頭から、クローバー・セグメントと書いてあるのに、なんで別のもののように訳す(編集する)のか。
#概略図を描いてくれたヒトがいらっしゃるので。添付してみたり。
■39p
ハヤカワ版:
「そいつは、おまえが想像力のないブリキ細工だからだ!」アクボシュトの怒りはおさまらない。「ケムテンツの虎、首席大使の有能な助手、自信過剰で反抗的なジェリファー・フムドランだ!」
「ミスタ・フムドランはお休みですが、サー」と、ロボットが伝える。
「わたしの許可なく欠勤したのか? ばかな!」
「いえ、きのう、首席大使ご自身が、きょうは休んでいいと許可なさいました、サー」
大使がうなる。堪忍袋の緒が切れたらしい。
「もういい」と、低い声で、「では、伝えろ。いますぐやつを緊急召集する!原文:
“Das liegt daran, daß du ein phantasieloses Blechgeshöpf bist!” tobte Bulmer Agbosht. “Der Tiger von Chemtenz, das ist mein glorioser Assistent, der Erste Botschaftsrat, dieser Ausbund an Einbildung und Insuborditaniton, Jellifer Humdran!”
“Mister Humdran hat heute dienstfrei, Sir”, erinnerte der Roboter.
“Er hat dienstfrei, wenn ich sage, daß er dienstfrei hat!” schrei Agbosht, das Gesicht vor lauter Anstrengung, den Wütenden zu mimen, tiefrot gefärbt.
“Sie haben ihm gestern erlaubt, den heutigen Tag dienstfrei zu nehmen, Sir”, mahnte der Roboter.
Bulmer Agboshts Zorn verpuffte wie die Luft aus einemBallon, in den jemand eine Nagel gesteckt hat.
“Na schön!, knurrte er. “Dann sag ihm, daß ich ihn brauch!
試訳:
「そいつはおまえが想像力のかけらもないブリキ箱だからだ!」アクボシュトは荒れくるった。「ケムテンツの虎ときたら、わがご立派な助手殿にして最先任大使館員、妄想と不服従の見本市、ジェリファー・フムドランにきまっとる!」
「ミスタ・フムドランは本日、休暇を取得されています、サー」
「やつが休暇をとっていいのは、わたしがいいと言ったときだけだ!」怒れる男を熱演するあまり、そう叫ぶアクボシュトの顔はどす黒く染まりつつあった。
「昨日、休暇取得を許可なさったのは閣下ご自身ですが、サー」と、ロボットが指摘する。
ブルメル・アクボシュトの怒りは、針でつつかれた風船から空気が漏れるようにしぼみこんだ。
「もういい」と、不平たらたらに、「では、やつに伝えろ、おまえが必要だとな!
#glorios は「輝ける、栄えある(主に皮肉で)」ということなので。しかし、先任将校のネタが役に立つときがホントにくるとは思わなんだ……。
#verpuffen には「弾ける」の意味があるので、元の訳の方が正しい可能性もあるが、「先細りになる、力をなくす」ととって、あえてこうしてみた。
#余談だが、この「虎」、虎の威を借る、ではなくて、単なる「自称・女たらし」の悪名。むしろ「ほらふき男爵」に近い。あんな仲が悪いフリをしてるのに、その権力をカサにきたら、ただのイヤなやつである。
ぶっちゃけ、今回は全文照合はしていない。「ここ、変じゃない?」という質問があった箇所+その前後を見た程度である。しかし、これだけでも花丸はあげられない。
#転送アーチをくぐったタイミングが変なのは、正直訳者の責任ではないと思うが……。
以下、余談:翻訳統括・五十嵐氏のブログで、I=SP7の表記が不統一という話が書かれている。たぶん、次巻のあとがきで訂正されるのだろうが、その際、「クナイフェルの原文がそうなっている」ことには、ちゃんと触れておいた方がいいだろう。
ディスカッション
コメント一覧
ソーラーフリート版の翻訳も突っ込んでください。
久保さん。ごめん。
無茶言わんで下さい(笑) >じゅんさん
実はまだワツティン読んでないのはヒミツ(をひ