消えた特殊能力
最近のハヤカワ訳は、訳者(ないし編者)の主観がバリバリで、原文の意味が伝わっていないことが多い。前回の“付帯意識”はその典型だが、小さなところでは、以下のようなものもある。
■256p
ハヤカワ版:
もちろん、膨大なデータはポジトロニクスで精査し、くりかえしチェックして、はじめて意味のある情報になる。だが、セルンボーグとコンシェクスには、自信があるようであった。ふたりはなんといっても、恒星転送機の専門家だ。関連するデータは知りつくしている。原文:
Natürlich wußten sie alle, daß diese Flut von Daten zuerst geordnet, dann mit den Rechenmaschinen überpruft und mehrmals gecheckt werden mußte. Dann erst konnte man, falls nicht noch ein Kode entschlüsselt werden mußte, exakte Daten herausziehen. Immerhin wußten die Transmitterfachleute, welche Art von Daten und Fakten sie besaßen.
試訳:
むろん、膨大なデータを整理し、計算機構による精査と幾重ものチェックがなされねばならないことは、誰もが承知している。あるいはさらに暗号を解読する必要があるかもしれないが、とにかく、そうしてはじめて、正確な情報を引き出すことが可能となるのだ。ではあるが、転送技術の専門家たちは、いかなる種類のデータや事実を入手したのかは理解していた。
#専門家なので、生データからでも、多少の解説はできるわけだ。ハヤカワ訳だと、このあとのセリフが、まるで別のソースからひっぱってきたようにも読めてしまう。つーか、自信満々なんてどこにも書いてないぞ……。
■257p
ハヤカワ版:
いずれにしても、今回の努力はかならず報われます。
ひとつだけ、断言できますが、異種族はこの知識を得られません。原文:
Jedenfalls haben sich, so denke ich, alle Strapazen gelohnt.
Noch niemals hat jemand in so kürzer Zeit ein solch großes Wissen erhalten.
試訳:
いずれにしろ、今回の苦労は報われたと思いますね。
かくも短時間でこれほど大量の知識を得たことは前例がありません。
#なにを断言しているというのか。もはや誤訳ですらない。
■258p
ハヤカワ版:
I=SP7は母艦《インペラトールVII》に向かっている。まもなく、安全に帰還できるだろう。今回の冒険はむだではなかった。とはいえ、トクトンを救うすべはない。滅亡に向けて、最終幕がはじまったのだから。
グラウンツァーはその特殊能力を失い、レムール人の影響力は最終的に消えた。のこったのは、沼だけだ。沼は永遠の時間を味方に、文明の最後の残滓をのみこんでいくにちがいない。滅亡したレムール人のシュプールをすべて……。原文:
Die Space-Jet I-SP7 raste durch das All, die Welt der Düsternis und Dunkelheit hinter sich lassend, auf die Koordinaten der IMPERATOR zu. In wenigen Stunden würden sie dort eintreffen und sich einschleusen lassen. Das Abenteuer lag hinter ihnen, und sie alle spürten die Erschölpfung. Sie wußten, saß der letzte Akt des Sterbens hinter ihnen begann. Die Graunzer waren nutzlos geworden, die Lemurer waren vernichtet worden, und der Sumpf, mit der Beharrlichkeit der ewigen Naturgesetze, würde sich auch der letzten Trümmer bemächtigen, einer der letzten Fußstapfen von der Spur der ausgestorbenen Ahnen.
試訳:
スペース=ジェットI=SP7は、薄明と暗黒の惑星をあとに、《インペラトール》の座標へむかって宇宙を疾駆していた。到着し、収容されるまで数時間とかかるまい。冒険は終わりを告げ、疲労がのしかかってくる。かれらの背後で、滅びの最終幕がはじまったとわかっていた。グラウンツァーはその役目をうしない、胎児たちは倒された。そして沼は、永久なる自然法則の頑迷さをもって、最後の廃墟をも呑みこんでしまうのだろう。滅び去った祖先の、最後の足跡のひとつを……。
#今回の一件がむだではなかった(報われた)というのは、上記コンシェクスのセリフであり、最後の段落には書かれていない。
#原文では“レムール人”だが、“滅ぼされた”という表現から、胎児たちのことと思われる。
ま、わたしの試訳にも、多分に主観は入るのだが……。
流れが悪くなるからはしょろうとか、アトランを大提督と言い換えるとか、そうした処理を否定するものではない。長い段落を途中で改行するのも、ラノベ全盛の昨今、読みやすくするためにはいたしかたないとも思う。
しかし、訳者(編者)の主観で、原文と意味がちがってしまっては、それはもう翻訳ではなかろう。
出典:341巻「生まれざる者の恐怖」 ハンス・クナイフェル
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません