時間超越 -10- part2

ハヤカワ版, 誤訳

373巻後半「時間超越」、ごやてん悪魔の照合コーナーも、次でなんと20回w ほぼ隔日で掲載しているから、すでに1ヵ月をすぎていることが体感できてしまう、きょうこの頃……orz
今回は、ちょっと短め。10章の中に含まれる「ヴィジョン」だが、内容のちがいとかもあって、別立てにしたいためである。ちょうど今回分のラストに、分量多いのもあるしね。

駄々をこねたすえ、時間の井戸をテラ宛に調整させることをカリブソに承諾させた(?)、アラスカ・シェーデレーア。でも、なんだか人形使いの口ぶりがあやしい。不吉なものを感じつつ、巨石に囲まれた黒い穴をめざすのだが――

■247p

ハヤカワ版:
おそらく、テラナーよりもおちつきをとりもどすのが早いのだろう。
原文:
Schneller als der Terraner geglaubt hatte, war Callibso zu einem geregelten Leben übergegangen.

試訳:
テラナーが想像したより早く、カリブソは規則的な生活に移っていた。

思ったより早く立ちなおった、とやっちゃってもいいくらいだろうか。
als はこの場合、than なのは確かだが、比較しているのはそこじゃないだろ。

ハヤカワ版:
「ほんとうか?」人形使いは興味なさそうに、
原文:
“Wirklich?” Alaska hatte den Eindruck, daß der andere ihn belauerte.

試訳:
「ほんとうか?」そういう人形使いは、どこかこちらを窺うようだった。

やめときゃいいのになー、というのが、しつこいくらい表われているのだった。

■248p

ハヤカワ版:
「それとも、要求をひっこめるか?」小人がつづける。「好きにしていいのだぞ!」
「なぜ、いまさら?」
原文:
“Ist es möglich, daß due deinen Wunsch zurückziehst?” erkundigte sich Callibso. “Ich würde es dir raten!”
“Weshalb?” fragte Alaska schroff.

試訳:
「要求をひっこめるというのは、ありえないのか?」と、カリブソが探るように、「わたしならそう忠告する!」
「なぜ?」アラスカがけわしく訊ねる。

……そして、ついにぽろりと漏らしてしまう。
まあ、最初から「見たらがっかりする」と言われつづけているわけだから、いいかげんアラスカも怒るわな(笑)

ハヤカワ版:
地表全体を、災厄のオーラがおおっているような、名状しがたい不快感がある。
原文:
Das Unheil lastete wie eine Aura über der Oberfläche dieses Planeten.

試訳:
災いがオーラのように、この惑星の表面を覆いつくしている。

表面にのしかかっている、かな。まあ、これも超訳の部類。
バールのようなものをかまえて這いよってくるのだな、なにかがw

ハヤカワ版:
ない! そう叫びそうになるのをこらえて、踵を返し……また動きをとめる。
原文:
Nein! wollte der Maskenträger rufen und sich abwenden. Aber er blieb stehen und nickte energisch.

試訳:
ない! そう叫んで踵を返したい。だが、マスクの男はふみとどまり、力強くうなずいた。

またしても aber で接続されている文章を、変なところで切断している。
おかげで、決然とかまえるアラスカが、腹の決まらない挙動不審な男になってしまった。
おまけに現在、後ろむいたままだよ、このアラスカ(笑)

ハヤカワ版:
時間の井戸を操作しているのだ。どういう操作か、説明はない。
原文:
Alaska vermutete, daß der Zwerg auf diese Weise den Zeitbrunnen manipulierte, wenn er sich auch nicht vorstellen konnte, auf welche Weise das geschah.

試訳:
小人はそうやって時間の井戸を操作しているのだろうと、アラスカは推測した。もっとも、どういうしくみか想像もつかなかったが。

この文章も、アラスカ視点(笑)
Weise は多種多様な意味合いをもつが、この場合は、基本的に「方法、やり方」だろう。一文章の複数の節で、おなじ auf ~ Weise が使われていて悩ましいが、ここは同じ訳し方はしない方向で。最後の節は、「どんな方法で時間の井戸の操作が起こっているか」かと思われ。

■249p

ハヤカワ版:
 ついで、彫像の反対側に立つカリブソに視線を向け、
原文:
Er drehte sich auf die Seite und sah Callibso an, der abwartend dastand.

試訳:
 身体を横向きにして、傍観者のように佇立するカリブソを見やる。

彫像との位置関係は、どうだろう。だいたい合っている気はするが……。彫像とのあいだに立っていたら、カリブソ邪魔だろうしね(笑)
でも、アラスカ-彫像-カリブソ なのか、カリブソ-アラスカ-彫像 かは、実はわからないよね、この原文だと。

ハヤカワ版:
「きみを罠にかける必然性はないからな。
原文:
“Du brauchst es nicht zu tun.

試訳:
「きみにはそうする必要がない。

絶対のぞかなくちゃならないわけじゃない――と、まだ言うかカリブソ(笑)

■249-250p

ハヤカワ版:
 もう躊躇せず、次の瞬間、底知れない井戸の“水面”に顔をつっこむ。
 黒い鏡だ……一瞬、そう思った。
 だが、物騒ななにかが近くにある。井戸のなかは“永遠”が支配しているようだ。
「思いきって、見てみたらどうだ?」と、カリブソがいった。皮肉な口調だが、悪意は感じられない。
「まだ決断できないんだ!」と、アラスカ。
 だが、もう決定はくつがえせないとわかっている。意を決して両手を横にひろげ、頭を“虚無”につっこんだ。川の流れのようなものを感じる。
 次の瞬間、マスクの男はべつの環境にいた。
原文:
Er setzte sich wieder in Bewegung. Wenige Augenblicke später befand sich sein Gesicht über der unergründlichen Oberfläche des Zeitbrunnens.
: Ein schwarzer Spiegel! dachte Saedelaere unwillkürlich.
In seinem Innern krampfte sich alles zusammen, er spürte die Nähe von etwas Bedrohlichem. Unter dieser Oberfläche herrschte Zeitlosigkeit.
“Wagst du es nicht?” hörte er Callibso mit sanftem Spott fragen.
Alaska sagte: “Ich kann mich nicht entschließen!”
Aber er wußte, daß seine Entscheidung bereits gefallen war. Er streckte die Arme seitwärts am Körper aus und tauchte den Kopf in das Nichts, als wollte er ihn über das Ufer eines Baches hinweg ins Wasser strecken.
Mit einem Schlag erlosch die Umgebung, in der sich Alaska aufgehalten hatte.
Da war

試訳:
 再び身をのりだす。数瞬後には、底知れぬ時間の井戸の表面を眼下にしていた。
漆黒の鏡だ!〉と、われ知らず考える。
 体内のすべてがひきつれよじれるようだった。かれを脅かすなにかが間近に感じられる。この表面の下は、時知らざる空間なのだ。
「やってみないのか?」かすかな皮肉をこめてカリブソの問うのが聞こえた。
「ふんぎりがつかないんだ!」
 だが、わかっていた。自分がとうに決断をくだしていることは。両腕をからだのわきにつっぱり、川岸から水中にするように、虚無へと顔をもぐらせる。
 たちどころに、それまでアラスカのいた周囲の風景が消えうせた。
 そこにあったのは――

ヴィジョン
(DIE VISION)、と、一行空けてつづくのだが。前もちらっと書いたが、この手のフォルツの細工は、さっぱり顧みられることがない。残念な話。

で、訳文を読むと、2回、頭をつっこんでいるのだが、これは誤り。最初の方は、井戸の上方にまで首をのばしただけのこと。だから「ふんぎりがついてない」のである。
ここにも zeitlos が存在するが、どうせならそろえて訳してほしかったねえ。

……。
横書き→縦書き、とか。章立ては改ページとか。障害は、案外そんなところにもあるのだった(笑)
洋の東西の壁は、ベルリンのそれよりも厚いのかのぅ。

Posted by psytoh