時間超越 -3- part1

ハヤカワ版, 誤訳

あいかわらず、「時間超越」のつづきである。
3章は量が膨大なので(ダブルミーニング)、何回かに分けて掲載する。正直、そろそろどーでもよくなってきつつあったのだが、4章でまた涙の出そうな誤訳を発見してしまったので、つづけざるを得ない。

■152p

ハヤカワ版:
 アラスカ・シェーデレーアは司令室にはいり、そのシーンを目に焼きつけた。いつも無意識に、別離のときにそなえているのである。
原文:
Als Alaska Saedelaere die Zentrale betrat, bot sich seinen Augen eine Szene, die ihn unwiillkürlich an Abschied denken ließ.

試訳:
 アラスカ・シェーデレーアが司令室にはいると、どこか訣別を連想させる場面が展開されていた。

どんな場面かというと、ローダン、ドブラク、ワリンジャーが、闇スペと向かいあう形で議論しているのである。
botは過去形で、bieten sich で「現われる」。場面が目にあらわれる、ので、目に映った、くらいが正当な訳文だろうか。思わず別離ということを考えてしまう場面、である。いつも、とか、そなえている、という原語はない。

ハヤカワ版:
ヴォイロクロンがそうしたように。
原文:
wie Voillocron uns geraten hat.

試訳:
ヴォイロクロンが助言したように。

-1-でのレスで書いたように、前の巻をまだ読んでないので……ヴォイロクロンがナニをどーしたのかはわからないが。この geraten、「(~な状態に)なる、陥る、」の動詞じゃなくて、uns がついている関係上、raten「助言する」の過去分詞だと思うのだが。

■153p

ハヤカワ版:
もちろん、スペシャリストは輸送手段を持たないから、ローダンが搭載艇を供出するのだろう。
原文:
Er konnte sich nicht vorstellen, daß sie sich zu diesem Zweck von Rhodan ein Beiboot zur Verfügung stellen lassen würden.

試訳:
スペシャリストがその目的のため、ローダンに搭載艇を供出させるとは、とうてい思えなかった。

原文の Er はアラスカのこと。vorstellen sich で「想像する」。たぶん、シェーデレーアには、オルウがローダンに、「お願い! 搭載艇を1隻、おくれでないかい?」と頼むところが想像できなかったのだろう。以前はともかく、この巻の闇スペを見ているかぎり、わたしにもできない。でも、強制徴発ならやりかねん(笑)

ハヤカワ版:
「わかった。われわれには話せない事情もあるのだろう」
原文:
“Ich kann verstehen, daß Sie Ruhe brauchen”,

試訳:
「諸君が静穏を必要とすることは理解した」

言わない事情を知りたいことはまちがいないだろうが、とりあえずローダンは我慢したようす(笑) ただし、この文章の下の句は、「できるかぎりのことはしてやんよ」であり、事情も言わないやつ相手に、はりきって全力をつくすわけもあるまい。

ハヤカワ版:
「われわれは“共有財産”である道を通って、“共有目標”にたどりついたわけだ。いま、その瞬間がやってきた。今後、われわれは“べつ”の道を進む!」
原文:
“Wir haben keine Wünsche”, erklärte er. “Eine Zeitlang sind wir eine gemeinsamen Weg gegangen und haben gemeinsame Ziele verfolgt. Nun ist der Zeitpunkt gekommen, daß wir uns wieder voneinander trennen.”

試訳:
「要望などない。われわれ、しばしの間、道を共にし、おなじ目標を追いかけてきた。だが、いま再び、それぞれの道に分かれる瞬間が訪れたのだ!」

いや……これ別に、難しい語も言いまわしも、何にもないよね? 「同じ道」を歩き、「同じ目標」を追う――の、現在完了形。なんだい、その“共有財産”である道、って……。
こーゆーの見ると、五十嵐さんのセンスを疑う……というか、もう信じてないんだが。

ハヤカワ版:
それに、含蓄に満ちた言葉だ。
原文:
Es erschien unvorstellbar, daß er seine Meinung ändern könnte.

試訳:
意見を変えることがあろうとは想像もつかない。

unvorstellbar は上述の「想像する」の系列で、否定の前置詞と、可能をあらわす語尾がついたもの。なので、「想像できない」。Meinung 「意見」でだいたいOK。含蓄、というとらえ方は、寡聞にして知らない。この文章、要するにオルウの発言はファイナルアンサーらしいと(おそらくアラスカが)感じたのである。

ハヤカワ版:
 だが、ローダンはまだ明白な態度を表明していない。
原文:
Rhodan schien diese unmißverständliche Haltung nicht wahrhaben zu wollen,

試訳:
 この明々白々な態度を、ローダンは理解したくないのだろう、

いなくなられちゃ、困るわけで。下の句も、「かれはオルウを翻意させるべくさらなる試みをはじめた」とつながる。なるほど、見えない聞こえない私は知りたくない~は、この頃からローダンの必殺技だったわけだ(→『エスタルトゥへの道』(ヲヒ)

■154p

ハヤカワ版:
 オルウはこの話を終えようとしているようだ……と、アラスカは思った。ほかのスペシャリストは、話を冷静に聞いている。
原文:
Olw hielt das Thema offenbar für abgeschlossen, denn er gab keine Antwort mehr. Alaska hatte den Eindruck, daß sich die zwölf Spezialisten schweigend miteinander verständigten.
Wenige Augenblicke später marschierten sie gemeinsam aus der Zentrale.

試訳:
 オルウは明らかにこのテーマを終わったものととらえているらしく、答えもしない。アラスカは、十二名のスペシャリストが、黙ったまま互いに了解しあっているような印象を抱いた。
 まもなく、彼らはぞろぞろと司令室から出ていこうとした。

だから、訳した後でパズルすんなってば。アラスカは思った、は、前の文じゃなくて後ろの文の要素じゃないか。変なことするから、後ろの文の内容まで変になるんだ。
なおかつ、文章ひとつ(段落ひとつ)、理由もなくさっくり削っている。これさあ……181pで3章きれいに収めるためとか言わないよね? この文章がないせいで、次の段落、悲惨なことになってるのに。
なお、直訳すると、「数瞬足らずの後、かれらはそろって司令室から(出ていく方向に)行軍をはじめた」くらいか。実際、オルウ以外は出ていったわけだ。

ハヤカワ版:
「それで……どこに行こうというのだ?」と、チーフがたずねる。「われわれのもとを去るだけの理由があるとは、とても思えないのだが。たのむ。いままでどおり協力してもらいたい」
原文:
“Wohin gehen Sie?” rief Rhoda betroffen. “Wenn Sie uns schon verlassen müssen, wollen wir Ihnen zumindest unsere Dienste anbieten.”

試訳:
「どこへ行く?」驚いたローダンが叫んだ。「どうしてもわれわれのもとを去らねばならないというのなら、せめて協力くらいはさせてもらえまいか」

何の合意にも達しないうちに闇スペがさっさとおさらばしはじめたので、ローダンとしても焦って呼び止めたのだ。最終的な目標とはまた別の話。あと、第三勢力も昔話なんだし、誰もチーフって呼ばないよ?
Dienst は奉仕とか勤務とか、要するに「お仕事」。それを anbieten「提供し」たいと、ローダンはそう言っている。で、それに対するオルウの反応が――

ハヤカワ版:
 オルウはあらためて周囲を眺めまわし、
原文:
Olw drehte sich noch einmal um.

試訳:
 オルウはいま一度ふりかえって、

オルウもまた、仲間たちと同様、司令室から出ていくところだった。残れ残れの合唱ではなく、手伝ってくれる気があるなら……と、向きなおったのである。訳文では、上述のとおり動きだした一文を削ってしまっているので、なぜかオルウがきょろきょろしている。

ハヤカワ版:
かたじけない」
原文:
“Das wußte ich.”

試訳:
それはわかっていた」

自由にしていいよ、と言われて御礼返すほど、殊勝じゃないのだ、この巻の闇スペはwww むしろ、「ああ、当然だな」くらいでもいいくらい(笑) このあとの文章も、原文は「オルウは踵をかえして、通廊をいく仲間たちの後を追った」なんだが……もういいや。しずかに、とか創作乙だし。

ハヤカワ版:
「さて、これからどうなるか、意見があるかな?」
原文:
“Hat jemand eine Ahnung, was das bedeutet?”

試訳:
「どういう意味だか、わかるものはいるかな?」

まあ、この場合の das は、闇スペのふるまい全体を指していると思われるので、誤訳というほどのものでもない……のだが。意見、という言葉に、みずからふりまわされているヒトがいらっしゃるので。

ハヤカワ版:
「ここを去るといっている。その意志を尊重すべきだ」
原文:
“Sie verlassen uns”,

試訳:
「かれらはここを去るでしょう」

淡々と予測を述べるだけでは意見にならないらしい。原文にない主張を述べるドブラク(笑)
つづくロイドの「でも、どうして?(Aber wie?)」も、whyじゃなくてhowだろうから、「でも、どうやって?」の方が前後のつながりはスムースだ。

ハヤカワ版:
 ローダンはインターカムで、スペシャリストのスタートを援助するよう、命令を伝えはじめた。
原文:
Rhodan beugte sich über den Interkom und gab der Besatzung den Befehl, ihn über den Weg der Spazialisten der Nacht zu unterrichten. Gleichzeitig ordnete er an, daß man diese Wesen nicht belästigen sollte.

試訳:
 ローダンがインターカムへと身をかがめ、乗員たちに命令を伝える。闇のスペシャリストの通った経路を報告せよ、また同時に、その邪魔をしてはならない……。

スタートって……どの単語を読みちがえたのかさえわからん。
「闇スペの道をかれ(=ローダン)に報告するよう命令。同時に、闇スペをわずらわせないよう指示」。インターカムのマイクの感度がアレなのか、マイクに口を近づける動作は、他でも出てくる。

■155p

ハヤカワ版:
 技術責任者は、
「一ヵ所に集まっています。これといった反応はありません」
原文:
Der Techniker schien ratlos.
“Schwer zu sagen”, gab er zurück. “Sie haben einen Kreis gebildet und stehen da. Sie bewegen sich nicht und reden nicht.”

試訳:
 エンジニアは途方にくれたように、
「なんと言ったらいいのか……。円陣を組んで立っているだけです。動きもしゃべりもしません」

この時点で、すでに円陣が確認されている。わざわざ隠す必要もないのに、なぜ削る?

ハヤカワ版:
 ( アラスカは首をかしげた。)ダッカル次元風船をも動かす生物十二名が、貯蔵室でなにをこそこそしているのだろうか?
原文:
( Alaska Saedelaere fragte sich,) was die zwölf Wesen aus dem Dakkardimballon bewogen haben mochte, sich in den Lagerraum zurückzuziehen.

試訳:
 (アラスカは首をかしげた。)ダッカル次元バルーンからきた十二名のスペシャリストをして、倉庫へこもらせた理由は何だろう。

そんな大層なことは書いていない。過去、Mann aus Meekorah(メーコラーから来た男)とかrlmdi.の出版物でも使用したことがあるが、かれ(ないし彼女、彼ら)がどこから来たか、出身地はどこか、というだけのこと。あと、bewogen は、動詞 bewegen の過去分詞。「(気持ちを)動かす」「~な気にさせる」だから、直訳は「倉庫にこもる気にさせたものは何か」となる。

■156p

ハヤカワ版:
 そこで、人々は古参の乗員に話を聞いた。細胞活性装置保持者や非テラナーのほかにも、メールストロームに転送される前の地球を知っている乗員は数多い……。
原文:
Die alten Menschen an Bord, die seither immer abseits gestanden hatten, rückten zunehmend in den Mittlepunkt des Interesses, denn sie waren die einzigen außer einer Handvoll Extraterrestrier und Zellaktivatorenträger, die die Versetzung der Erde in den Mahlstrom noch miterlebt hatten.

試訳:
 これまでずっと蚊帳の外に立たされてきた老人たちが、みるみるうちに興味の中心となった。なんといっても、一握りの非テラナーや細胞活性装置所持者をのぞけば、彼らこそメールストロームへの地球転送を実際に体験してきた人々なのだ。

「わしの若い頃には、レプソですってんてんになってな……」「おじいちゃん、その話はもう耳タコだよ……」だったのが、いきなり車座の中心にひっぱりだされて、聞かせて聞かせてコールなのだろう。おじいちゃん、はりきりすぎて話がいろいろ大きくなりそうな気がしないでもないのだが……(笑)
#「わしは迫るラール人と超重族をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」(をひ

ハヤカワ版:
 貯蔵室からの映像が、スクリーンにうつしだされた。
(中略)
 なにかめずらしいものが見られると、期待しているのだろう。
原文:
Alaskas Gedanken wurden unterbrochen, als auf einem der Bildschirme die ersten Aufnahmen aus dem Lagerraum sichtbar wurden.
(…)
Alaska, der damit gerechnet hatte, irgend etwas Ungewöhnliches zu erblicken, sah sich getäuscht.

試訳:
 アラスカの思考は、倉庫からの最初の映像がスクリーンにうつしだされたことで中断された。
(中略)
 なにか尋常ならざるものを予期していたアラスカはがっかりした。

今回、全般的にいえることだが……主語をはぶきすぎなのだ。この話は、アラスカ・シェーデレーアの物語である。なのに、アラスカ、という言葉を削りまくって、抽象的な第三者ないしは集団が主体のような文章ばかりになっている。上記のふたつも、それを除けば、さほど大きなまちがいはない(後者の「失望した、期待を裏切られた」という結果が抜けてはいるが)。アラスカ視点という大前提がどっかいっちゃうって、どうよ?

■157p

ハヤカワ版:
「それはどうか」と、トロトが、「この奇妙な行動のあとに、なにかはじまるのかもしれない」
原文:
“Es muß mehr sein”, vermutete Tolot. “Es steckt mehr hinter diesem geheimnisvollen Gebaren, als wir jetzt erkennen können.”

試訳:
「それ以上だろう」と、トロトが推測をのべる。「この謎めいた行動の背後に、いまわれわれにわかる以上の何かがかくされているはず」

hinter は「~の後ろに」であって、「~したあとに」でない。だいたい、時間的に後にしてきちゃったら、未来じゃなくて過去だろう(笑)

ハヤカワ版:
当然だろう。動かない十二名を黙って見ていても、退屈なだけだ。
原文:
Alaska konnte das verstehen. Zwölf Wesen zu beobachten, die weiter nichts taten als starr und stumm dazustehen, war auf die Dauer langweilig.

試訳:
アラスカには理解できた。黙ったまま動かない十二名を観察しても、退屈なだけだ。

アラスカ視点の消失と、訳文のパズル。誤訳とはいえないが、よくある事例のサンプルとして。直訳は、「動かず黙って立っている以外なにもしない十二名を観察することは、結局は退屈だ」。

ハヤカワ版:
 そのようすを見て、アラスカもなにか起きるような予感がしてきた。
原文:
Alaska sah in dieser Haltung eine Bestätigung seiner eigenen Ahnungen.

試訳:
 そのようすを見て、アラスカは自分の予感を確信した。

156pのアラスカ視点の話で、アラスカは何かを予感していたことがわかる。そこのアラスカ視点が消えてしまっているので、訳者的には、ここではじめて予感したみたいな訳文になるのだが。
直訳は、「その(ドブラクの)ふるまいに、アラスカは自分の予感の承認を見た」。ああ、アイツもあのちょーしなら、オレの予感まちがってないや、である。

ハヤカワ版:
 数秒後、姿勢制御がはじまったが、こんどは加速圧が中和されて、なにも感じない。
原文:
Das Schiff hatte eine Stellungswechsel sufgeführt. Die unverhoffte, durch nichts neutralisierte Beschleunigung war durch fremde Einflüsse entstanden.

試訳:
 《ソル》は位置変更をおこなっていた。予期せぬ、中和なしの加速は、未知の影響で生じたものだった。

これは、先ほどの落下・悪寒の原因の話であって、対処ではない。
ごく基本的な話になるが、ローダンにおいて、ト書き……というか地の文は、原則、過去形である。それが過去完了形になるのは、作中の時点より「さらに過去」のことを語っているから。上記の文章はふたつともそれに該当する。
あと、位置変更 Stellungswechsel であってコース変更 Kurswechsel ではないところからして、「慣性飛行をつづけていた《ソル》」は誤りで、「浮遊していた《ソル》」になるはず。原語は antrieblos schwebte なので、エンジンかけずにプカプカ浮かんでた、である。

■158p

ハヤカワ版:
一瞬で、
原文:
(なし)

試訳:
(なし)

数秒足らず、という描写は157pであるが、加速して動いているのだから、一瞬てこたないだろう。

ハヤカワ版:
「《ソル》は異質な力の影響下にあります!」
原文:
“Die SOL steht unter dem Einfluß einer fremden Masse!”

試訳:
「《ソル》は未知質量の影響下にあります!」

こらもー、単純に力 Macht と質量 Masse のよーみーちーがーえーw のはず、なんだけど――

ハヤカワ版:
“物体を構成する力は、小型のブラックホールと似た性質を有する”
原文:
“In ihrer Beschaffenheit ähnelt diese Masse einem winzigen Black Hole.”

試訳:
“その性質において、この物体は小型のブラックホールに類似している”

こっちにも、原文にない“力”とか入ってるとこみると、確信犯だな、こりゃ……。
もしくは、以前からよくあるように、自分の誤訳にひきずられたか。だから、後ろをふりかえれと言うのに。

…………。
3分の1くらいはいったかなあ……これでも小さいとこはだいぶ無視してるんだけど。そーしないと、3章後半は、ほとんど指摘する必要のないページもあれば、まるまる真っ赤なページもあるんだものorz

Posted by psytoh