時間超越 -3- part3

ハヤカワ版, 誤訳

超訳、という言葉は、アカデミー出版の登録商標だそうな。

意訳をさらに推し進め、訳文の正確さを犠牲にしてでも読みやすさ・分かりやすさを優先させる翻訳手法。ときには大幅な原文の省略を行うことさえある。
――はてなキーワードより

■139p

ハヤカワ版:
 膨張するトンネル内には、
原文:
Aus den aufgeblähten Dimensionstunnelen

試訳:
 膨張したトンネルから

よく見ると、過去分詞の形容詞的使用なのに、かたっぱしから現在分詞的な訳になっている。膨張する、乃至は膨張しつつある、と。“内径”がある程度まで広がって安定しているものを利用するもんじゃないかな、この手のトンネルって。ひょっとして、前巻とか前々巻でちがう描写があるのかもしれないけど。

さて、んじゃ、前回のつづきにもどろう。

■168p

ハヤカワ版:
ふたりは床にしゃがみこみ、這い進もうとしたが、逆に押しもどされている。
原文:
Zwei von ihnen sanken zu Boden und krochen zurück.

試訳:
ふたりは床にしゃがみこみ、這いもどった。

オーラは、別に逆風みたいに押しもどすものではないはず。あくまで“壁”なんだがなあ……。

■169p

ハヤカワ版:
 異人が態度を硬化させなければいいのだが……マスクの男は危惧した。これまでのところ、かれらは好意的だったが、武器を使用したらどうなるか、予想がつかない。
原文:
Alaska hatte gehofft, daß es nicht dazu kommen würde. Unbeweßt früchtete er eine gewaltsame Auseinandersetzung mit diesen Wesen. Bisher waren sie freundlich gewesen und hatten die Ziele der Menschen unterstützt.

試訳:
 そうならねば良いが、とアラスカが怖れていた事態だった。無意識に、スペシャリストたちとの力づくの紛争を忌避していた。これまでのかれらは友好的であったし、人類の目標を支援してくれたのだから。

直訳すると「そこ(パラライザーの投入)にいたらないことを、アラスカは期待していた」。このへん見ると、アラスカ自身も、その他の人々同様、闇スペを味方、と見るクセがついていたようだ(161pから取りあげた項を参照)。ただし、このへんは4章を正しく読むと、少々微妙な伏線ともとれる。

ハヤカワ版:
麻痺ビームが次元航法士に到達したかどうかも、はっきりしなかった。
原文:
Die lämenden Strahlen schienen auf die Spezialisten der Nacht keine Auswirkung zu haben.

試訳:
麻痺ビームは闇のスペシャリストたちには効果がないらしい。

これは……超訳的補足、と考えるべきかなあ……。

ハヤカワ版:
「殺人は許さない!」とチーフがすかさず応じた。「それに、こちらの武器はスペシャリストに通用しないようだ」
「ミュータントを投入しましょう!」と、べつの男が叫ぶ。
原文:
“Das wäre Mord!” lehnte Rhodan ab. “Außerdem bezweifle ich, daß wir im Besitz einer Waffe sind, mit der wir die Spezialisten gefährden können. Ich werde die Mutanten einsetzen!” rief jemand ungeduldig aus anzukommen.

試訳:
「それでは殺人だ!」とローダンはにべもない。「加えて、こちらにスペシャリストを脅かせる武器があるとは思えない。ミュータントを投入する!」

ここは、原文にも問題あり。セリフの後ろの「rief jemand ungeduldig aus」は、ちょい前の、「分子破壊銃を使わなければ!」のト書きが、コピペミスかなにかで残ってしまっている。そして、グッキーがしぶしぶとはいえテレポートしていることからも、すべてローダンのセリフと判断できる。……でも、わからんかなあ(笑) 3センチ足らず上に、まったく同じ文があることくらい。

■170p

ハヤカワ版:
「貯蔵室の運動プロセスを減速させてみましたが、手ごたえはありません」と、タクヴォリアンが口をはさんだ。
「どうすべきか?」と、チーフは考えこみ、
原文:
“Ich könnte versuchen, die Bewegungsabläufe im Lagerraum so zu verlangsamen, daß sie praktisch zum Stillstand kommen”, bot Takvorian sich an.
“Ich sehe keinen Sinn darin”, erwiderte Rhodan.

試訳:
「倉庫の運動プロセスを実質ゼロにまで減速してみましょうか?」タクヴォリアンが提案した。
「たぶん、無意味だろう」と、ローダン。

直訳は「実際問題静止状態にいたるまで減速することを試みることができる」。だから、まだやってないんだってば。手ごたえがないって、どっからもってきたんだ……。

ハヤカワ版:
ブラックホールが不可侵のオーラでつつんでいるから。
原文:
“Das Black Hole besitzt über seine sichtbare Ausdehnung hinaus eine undurchdringliche Aura.

試訳:
あのブラックホールは見かけのサイズより大きな、不可侵のオーラを有している。

定冠詞つきなので、船内に発生したそのブラックホール限定、なのかな。
ブラックホール特有というよりは、もっとあとのへんで、闇スペが害のある効果を遮断している、という描写があるから、一種の反撥フィールドだったりするのかも。そういう描写はないけれど(笑)

ハヤカワ版:
 シェーデレーアは首をかしげた。闇のスペシャリストには、《ソル》を“黒いゼロ”にのみこませる気はないはずだ。これはかがれら未知の目標に達するための、たんなる手段にすぎない。ブラックホールの出現は一見すると非論理的に思えるが、このグループは任意の場所で、自由にこの現象を“活性化”できるのだろう。いずれにしても、船の破壊を意図しているとは思えない……。
原文:
Saedelaere überlegte, ob es tatsächlich das Ziel des zwölf Spezialisten der Nacht war, die SOL in ein Black Hole stürzen lassen und auf diese Weise ihr unbekanntes Ziel zu erreichen. Es erschien ihm unlogisch, denn von dieser Möglichkeit hätte die Gruppe auch an jedem denkbaren anderen Platz Gebrauch machen können. Alaska glaubte nicht daran, daß die zgmahkonischen Geschöpfe bewußt den Untergang des Schiffes herbeiführen wollten.

試訳:
 シェーデレーアは首をかしげた。闇のスペシャリストの狙いは、ほんとうに《ソル》をブラックホールに墜落させて未知の目標に達することなのだろうか。それでは非論理的だ。この手段なら、いくらでもほかの場所で用いることができたはず。ツグマーコン人たちが、意図的に船の破壊をまねくとは思えなかった。

期せずして破壊される可能性は、残されている。
unlogisch なのは主語の Es すなわち、前文において、ob 「~かどうか」と思案した内容。つまり、ブラックホールに船を落として云々が闇スペの企図であること。erscheinen 「~現われる」は、この場合、「それは彼には非論理的に見うけられる」であって、ブラックホール(確かに中性名詞だが)が「出現した」わけではない。それだと、ihm 「彼に」が浮いちゃうでしょ。

■171p

ハヤカワ版:
次元航法士の円陣も、それにつれて大きくなる。つまり、この“成長”も意図したものということ。
原文:
Der Kreis der Spezialisten dehnte sich, als wollten sie Platz für ein noch größeres Gebilde schaffen.

試訳:
 スペシャリストたちの円陣が広がった。まるでもっと大きな物体のための空間を空けるかのように。

意図したものではあるのだろう。でも、原文はそれを隠喩であらわしているだけ。
だいたい、原文の内容は、「半メートルじゃおさまらないよ?」ということだろう。

ハヤカワ版:
 だが、計画はあっけなく頓挫してしまう。
原文:
Der Plan schlug jedoch fehl.

試訳:
 だが、計画は失敗した。

動詞 fehlschlagen は、「しそんじる」の意。「頓挫」の訳が意味するように、途中でいきづまったわけではない。すでにやらかしているのだ。

ハヤカワ版:
 チーフがミュータントの不在に気づき、ロイドを司令室に呼んで問いただしたから。ローダンは計算システムの答えを待つように命じたのである。
原文:
Rhodan wurde vom Scheitern der Mutanten unterrichtet. Als Lloyd die Botschaft in die Zentrale brachte, hatte Rhodan gerade eine Befragung des Rechenverbunds abgeschlossen.

試訳:
ローダンはミュータントの失敗について報告をうけた。ロイドがその知らせをもって司令室についたとき、ローダンはちょうど合同計算脳への質疑を終えたところだった。

Scheitern は、動詞 scheitern が名詞化したもので、もとの意味は「難破する、失敗する」。上記 fehlschlagen と同意である。

もうね……言いたかないないけどさ、辞書ひきなさいよ、辞書。いや、この文章が訳文みたいになるには、辞書ひかないだけじゃ足らないか。原文ちゃんと読解していないうえに、想像力ありすぎだよね。

■172p

ハヤカワ版:
 実際、黒いゼロはいまも貯蔵室で“成長”をつづけていた。このままでは、最終的に船がのみこまれるのは明らかだ。
原文:
Die Tatsache, daß die Schwarze Null im Lagerraum nur sehr langsam wuchs, änderte nichts daran, daß sie schließlich das gesamte Schiff einnehmen würde.

試訳:
 倉庫の黒いゼロが、ごく緩慢な成長をしかしていないという事実も、最終的には船まるごとがのみこまれてしまうという結末を変えるものでなかった。

例によって例による、単語パズル生成プログラム(を

ハヤカワ版:
 しかも、謎の効果は持続している……つまり、なにかがブラックホールを膨張させつづけている。
原文:
Mit zunehmender Größe des Black Hole häuften sich an Bord der SOL die unheimlichen Effekte.

試訳:
 ブラックホールの拡大とともに、《ソル》船内ではぶきみな効果が頻発しはじめた。

なにかがって、スペシャリストがやってるに決まってるし。持続、って単語は、たぶん、157pの急な移動を念頭においてるとは思うけど、要するに捏造だし。

ハヤカワ版:
 その結果、《ソル》の人工重力は船内のあちこちで安定を欠くようになった。水が容器から流れてこないなど、異常な圧力の影響があらわれはじめたのだ。それだけではない。乗員の大半が、頭痛や吐き気などの症状を訴えるようになったのである。
原文:
Die künstliche Schwerkraft an Bord verlor an Stabilität. Ein Folge davon war, daß kein Wasser mehr aus den Flüssigkeitsbehältern floß. Es mußte mit Überdruck dazu gebracht werden. Besatzungsmitglieder klagten über Kopfschmerzen und Übelkeit.

試訳:
 艦内の人工重力が安定を欠くようになった。その結果、水が容器から流れてこないため、加圧する必要が生じた。また、乗員たちが頭痛や吐き気を訴えだした。

ブラックホールがもたらすのは、異常な「重力」であって、「圧力」ではない。Ein Folge davon を「その結果」と読んだか否かはさだかでないが、関係代名詞から「daß 以降の内容のつづきとして」であるから、前の文の頭に訳されることはありえない。

ハヤカワ版:
それまでの重力環境が一変し、不明瞭なシュプール……あるいは迷路が無限につづくことになる。
原文:
kam es zu Schwekrafteinbrüchen, die die normale Umgebung in ein Labyrinth undeutlicher Linien und Horizonte verwandelten.

試訳:
重力のゆがみにいたり、ノーマルな環境が、直線も水平もさだかならざる迷宮へと一変するのだった。

直訳すると、「ノーマルな周囲を、直線も水平もはっきりしない迷宮へと変える、重力の陥没にいたる」。Einbruch は陥没とかくぼみとか、そういう意味の名詞なので、「重力の凸凹」と意訳するとわかりやすいかも。訳文「シュプール……あるいは迷路」は、Linien und Horizonte が迷宮の形容であることが読めていない。そもそも、接続詞が und「~と~」であって、oder「~あるいは~」じゃないでしょ。同様のことは前にも書いたが、接続詞を恣意的に(訳:好き勝手に)読み替えると、文意が逆転しかねないからやめなさいって。

とりあえず、3章は次回で完結予定!www

「超訳って嫌いなんだよね~」
「シドニィ・シェルダン読んだことないの?」
「だって、もし読んでおもしろかったらイヤじゃない(笑)」

と、いう会話をかわしてから、もう20年くらい経つのだろうか。実際、いまだに読んでないものなあ。つくづく狭量な人間である >我

でも、意訳って、作者の意図(と訳者が思うもの)を伝えるためにするものだよね?

Posted by psytoh