時間超越 -7- 後編

ハヤカワ版, 誤訳

いろいろ数えるのもめんどくせ( ´д`)状態になりつつある「時間超越」赤ペン添削コーナー。
7章の後半は、大物というほどすごいヤツはない。ない……んだけど、放置しとくのもちょっとなぁ級なものがちらほら見うけられる。
ま、そのへんの詳細は、目でみて確かめてちょ。

■217p

ハヤカワ版:
 まるで、見えない糸にあやつられるマリオネットだ。腕がいきなり動いたかと思うと、つづいて脚が曲がり、立ちあがった。
 目に生気が宿り、テラナーを見つめる。
 殺さなければ……! シェーデレーアはとっさにそう考えた。でないと、困ったことになるにちがいない。
 次の瞬間、そう考えた自分に仰天する。
 自制をとりもどして、目の前の小生物を眺めた。
 しゃがんだ姿勢のまま両手をさしのべ、また窪みからひきあげる。
 そのあと、手をはなしてゆっくりと後退。
 もしかすると、ロボットかもしれない。
 だが、その印象は間違いだと、すぐにわかった。

原文:
Es sah aus wie eine Marionette an unsichtbaren Fäden. Mit ruckartigen Bewegungen winkelte es die Arme an und zog die Beine hoch.
Seine Augen belebten sich und bekamen einen stechenden Blick.
Töte es! regte sich ein spontaner Gedanke in Alaska. Mach es kaputt, bevor es Unheil anrichten kann!
Entsetzt über sich selbst drängte der Maskenträger diese Überlegungen zurück.
Wie gebannt beobachtete er das kleine Wesen.
Es ging in die Hocke, dann griff es mit beiden Händen zum Rand der Mulde und zog sich daran hoch.
Alaska wich langsam zurück.
War das kleine Ding veilleicht ein Roboter?
Noch immer stand Saedelaere unter dem Eindruck, einen nicht wiedergutmachenden Fehler begangen zu haben.

試訳:
 まるで見えない糸にあやつられるマリオネットだ。ぎくしゃくした動きで、腕が曲がり、脚がもちあがった。
 目に生気がやどり、刺すような視線があたりを見まわす。
〈殺せ!〉ふいにアラスカの脳裏に考えが浮かんだ。〈あれをぶち壊すんだ、災いをひきおこす前に!〉
 自身に驚きつつ、マスクの男はその考えを追いはらった。
 呪縛されたように小さな存在を観察する。
 それは、しゃがみ跳びから、両手で窪みのふちをつかむと、よじのぼってくる。
 アラスカはゆっくりと後じさった。
 この小人は、ひょっとしてロボットなのか?
 いまもなお、とりかえしのつかぬ誤りを犯したという印象がぬぐいされない。

最近、山パーレン(山括弧とも。〈〉のこと)を見かけないと思ったが、やはり三点リーダーに駆逐されているのだな(笑)

えーと、以下の「×行目」は、ページ内ではなく、とりあげた枠内の文章数。改行無視なので、「×文目」が正しいのだが、エディタ的勘定ということで、ご了承を。
2行目:Unheil は「災い」である。「治癒・できない・こと」なのだ。困ったこと、よりずっと語感は強い。
6行目:Hocke は体育でいう「しゃがみ跳び」(らしいw)。動詞 hocken は「しゃがむ、うずくまる、背負われる」だが、原文が Es ging in die Hocke, dann… で、「それは Hocke 状態に移って、それから……」なので、単にしゃがむだけでなく、跳ねないと内容がつながらない。それと、そもそも主語が es なので、アラスカにはならないから。
9行目:時制――と、何回書かせる気だろう。印象 Eindruck のくわしい説明をした節は過去完了系、作中の過去をあらわす。そもそも、「とりかえしのつかない」部分はどこいったんだ、この訳文。

ハヤカワ版:
知っているなら、教えてくれないか」
原文:
Können wir uns irgendwie verständigen?”

試訳:
どうにかしてわかりあえないだろうか」

ことばが通じるか、まだ回答がきていない。というのは少々意地悪いか。

訳文:
 小男は底意地の悪い笑い声をあげると、井戸に近づいた。身のこなしはマリオネットそのものである。
 水を汲みあげて、飲みほす。
 そのあと、窪みを一瞥した。自分がそこにいないことを確認したようだ。その姿は伝説のノームを彷彿させる。
 そのあと、いきなり振り返って、
原文:
Das Männschen sah ihn boshaft an. Es stieß ein leises Kichern aus. Dann beachtete es Alaska nicht mehr, sondern begab sich zum Brunnen. Wieder wirkten seine Bewegungen marionottenhaft.
Alaska sah, daß der Zwerg trank.
Er warf enen Blick in die Mulde und stellte fest, daß sie nichts weiter enthielt. Nur der Gnom war darin gewesen.
Plötzlich wandte sich das Wesen um

試訳:
 小人が陰険な目つきでこちらを見て、かすかにほくそえむ。それからもうアラスカには関心をはらわず、井戸にむかう。またしてもマリオネットめいた動きだ。
 小人が水を飲むさまをアラスカは観察した。
 窪みを一瞥して、もう他になにもないことを確認。この侏儒だけがおさまっていたことになる。
 ふいにその小人が振り返って、

小人が水を飲んでいる隙に、窪みをチラ見するアラスカの図。ロボットなら、普通は水飲まないよね、という含みもありそうだ。少なくともこのへんは、指示代名詞が、アラスカなら er、カリブソなら es となっている、のだけど。
さらに、この井戸の位置はどこにあるのか。すくなくとも、庭じゃないぞ。

der Gnom は、語源は確かに地霊ノームだが。Männchen、Zwerg、Gnom と、すべて「小人さん」である。よけいな薀蓄傾けるヒマあったらちゃんと訳すよろし。その文章のポイントはそこじゃないぞー。

■218p

ハヤカワ版:
「異人はよく時間の井戸をぬけてくるから」
原文:
“Alle Fremden kommen durch den Zeitbrunnen.”

試訳:
「異人はみんな、時間の井戸を通ってくるもんだ」

このあたりは、13年余前に訳した、PrivateCosmos『デログヴァニアの人形使い』掲載の部分訳を手直しすればいいし、ちょっとだけ手抜き……と言いたいところだが、いま見ると読み違えている箇所等も目につくし、いかにも斜め読みでイヤン(笑)
ちなみにrlmdi.のサイトに全文掲載されている。見てもらえばわかるが、カリブソのキャラが変な立ち方をしているので、試訳にも反映していたり(爆)

訳文:
 つまり、ほかの惑星からということだ……あるいは、べつの次元に属する世界からという可能性もある! もっとも、小人が嘘をついているか、真相をかくしているという可能性もあった。それがわかればいいのだが。もしそうなら、可及的すみやかに“真実”をつきとめなければならない。
原文:
Es gab also eine Verbindung zu anderen Planeten oder Dimensionen auf dieser Welt! Trotzdem hatte Alaska den Eindruck, daß der Zwerg ihn belog oder ihm zumindest einen Teil der Wahrheit vorenthielt. Alaska war sicher, daß er irgend etwas Schreckliches in Gang gesetzt hatte. Er wünschte, er hätte etwas dagegen unternehmen können. Dazu mußte er jedoch erst einmal herausfinden, was hier gespielt wurde.

試訳:
 では、この世界にも他の惑星ないしは次元との連絡路があるのだ! それでも、アラスカは小人が嘘をついているか、真実の一部をかくしているという印象を拭いされなかった。なにかおそるべき事態を動かしてしまったことは確かだ。それに対処できまいか、とアラスカは思った。だが、そのためにはまず何が起きているのかをつきとめなくてはならない。

よっしゃ、逃げ道アッたーっ!! というアラスカの心の叫びがw
あと、カリブソの嘘というか、自分の“失策”をなんとかしたいのだ、アラスカくん。

■220p

ハヤカワ版:
「あれははるかな昔に滅亡した文明の遺物だ。使い方については……自分で習得した」
「彫像の近くにある、暗い開口部のことを話しているのか?」
「当然だ!」
 相手の目の色がたえず変化するせいで、頭が混乱し、顔をまともに見られない。
「麓の町に住んでいるのは?」と、たずねた。
原文:
“Sie sind Überbleibsel einer unbekannten, längst untergegangenen Zivilisaiton. Ich habe gelernt, sie zu benutzen.”
“Spricht du von der dunklen Öffnung zwischen den Statuen weiter unten am Hang?”
“Richtig!”
Die unstet blickenden Augen des Wesens irririerten Alaska. Er war unfähig, den kleinen Mann richtig anzusehen.
“Wer lebt in der Stadt im Tal?”

試訳:
「あれは未知の、ずうっと昔に滅んだ文明の残りカスさ。あたしはそれを使うことを学んだんだ」
「斜面を下った、彫像のあいだの暗い穴のことをいっているのか?」
「あたり!」
 きょろきょろと動きまわる小人の目が、アラスカをいらだたせた。正視するということが不可能なのだ。
「谷間の都市には、だれが住んでいる?」

mit unstetem Blick で「目をきょときょとさせて」とは、木村・相良。形容詞 unstet 自体が「落ち着きのない」だから、目が落ち着きのない、という表現でもわかるはず。色が変わるって……カラーコンタクト?(笑)
アラスカの主張は、「イラつくので顔も見たくありません」か、「この野郎、話すときは相手の顔を見ろって教わらなかったのかよっ」のどっちだろうか。なんにせよ、自分は仮面つけといて言いたい放題だなwww

■221p

ハヤカワ版:
「知るわけがないだろう? わたしは時間の井戸を通って、惑星を訪問するだけだ。どの土産をどこでみつけたか、いちいちおぼえているはずがない!」
原文:
“Wie soll ich das wissen? Ich habe durch die Zeitbrunnen soviel Planeten besucht, daß ich mich nicht mehr daran erinnern kann, woher die einzelnen Gegenstände stammen.”

試訳:
「わかるわけがなかろう? あたしが時間の井戸をぬけて、どれだけたくさんの惑星を訪れたと思うね。どの道具がどこのものかなんて、いちいちおぼえちゃいられないよ」

訳文は、筋が通っているようで、実は説明になっていない。移動手段は特に関係なかろう。

ハヤカワ版:
マスクの男は思わず悪態をついた。おのれの運命にとって非常に重要な情報を、聞きのがしてしまったのだ。次にこういうチャンスがあるとは思えない。
原文:
Er stieß eine Verwünschung aus, denn er befürchtete, daß er keine weitere Gelegenheit bekommen würde, um in den Besitz lebenswichtiger Informationen zu kommen. Im Grunde genommen wußte er nicht viel mehr als zuvor.

試訳:
思わず悪態をついた。生命にかかわりかねない情報を手に入れる機会を、これで逸してしまったかもしれないのだ。ありていに言って、まだなにひとつわかってはいない。

最後の文章は、「根本的に、前より大して知っていることがない」ということ。カリブソとの問答の結果、回答より質問ばかり増えた状態なのである。

ハヤカワ版:
 時間の井戸にしても、異人に手を借りなければ、とても利用できそうになかった。
原文:
Er dachte über die Zeitbrunnen nach. Würde er sie ohne fremde Hilfe benutzen können?

試訳:
 時間の井戸のことを考える。異人の手助けなしでも、利用は可能だろうか?

あきらめるの早いよ、アラスカ(笑)

■222p

ハヤカワ版:
 デログヴァニエンで“浮上”したのは、偶然ではあるまい。しかし、ここでこの“冒険”を終わらせるわけにはいかない。
原文:
Da er überzeugt davon war, daß sein Auftauchen in Derogwanien kein Zufall sein konnte, rechnete er damit, daß seine Abenteuer auf dieser Welt noch nicht beendet waren.

試訳:
 自分がデログヴァニエンに出現したのは偶然ではあるまい。したがって、この世界での冒険はまだ終わってはいないはずだった。

バッドエンド直行とは考えない! 意外とポジティヴシンキングだな、アラスカ!
Auftauchen は動詞 auftauchen の名詞化で、もともとは「浮上する、(比喩的に)現われる、(考え等が)浮かぶ」であるから、「浮上」で間違いないが、ここまででブラックホールの彼岸に「潜る」tauchen という表現がなかったので、そのまま「出現」とした。

ハヤカワ版:
だが、歩きはじめてまもなく、麓から霧が発生し、あっという間に町をつつんでしまった。尖塔だけはしばらく見えていたが、霧が濃くなるにつれて、それも消える。もしかすると、これも人形使いのしわざかもしれない。こうして自分の姿をかくそうというのだ。
原文:
Als er in Richtung des Tales marschierte, sah er, daß Nebel aufkam. Von der Stadt waren nur noch die hoch aufragenden Türme zu sehen, alles andere war in dunkelgrauen Schwaden verschwunden. Vielleicht versuchte Callibso, sich dort unten zu versteken.

試訳:
谷の方へと進むと、霧が発生しているのが見えた。都市はもはや高い尖塔しか見えず、ほかのすべてがダークグレイの靄につつまれていた。ひょっとしたらカリブソも、あの下にかくれているのかもしれない。

なんだその、やたらと能動的な濃霧注意報w カリブソが気象操作系の機器を常備しているかはわからないけど、人形にはいじれないんじゃない?

■203p

ハヤカワ版:
小人がその横にしゃがみこみ、腕ほどの長さのナイフを振りかざすと、それを男の胸につきたてたのである。
原文:
Auf ihm hockte der Zwerg und stach mit einem armlangen Messer auf die Brust des Mannes ein.

試訳:
その上に小人がしゃがみこんでおり、腕ほどの長さのナイフを男の胸に突きたてていた。

マウントポジションである。前置詞 auf で「~の横に」の意味があるとは、寡聞にして知らんかったぜ。

ハヤカワ版:
 しかし、つかみかかるより早く、カリブソは跳びあがり、ナイフを投げつけた。
原文:
Bevor er jedoch eingreifen konnte, schwang Callibso sich von dem Fremden und schleuderte das Messer davon.

試訳:
 しかし、アラスカが介入するより早く、カリブソは異人から跳びおり、ナイフをほうりだした。

再帰動詞 schwingen sich には「跳びあがる、跳びおりる」と、どちらの意味もある。
schleudern は、カタパルトみたいに射出するイメージの動詞だが、この場合、接頭語として davon がつくので、「自分から離れる方向へ投げた」となり、必ずしもアラスカめがけて投げたとはとれない。

ハヤカワ版:
恐ろしい殺人の現場にいると考えただけで、頭がおかしくなりそうになる。
原文:
Das Bewußtsein, daß er im Grunde genommen für diesen entsetzlichen Mord verantwortlich war, machte ihn fast wahnsinnig.

試訳:
結局のところ、この恐ろしい殺人の責任が自分にあると意識するだけで、頭がおかしくなりそうだった。

だからさあ、「とりかえしのつかない誤り」を訳せてないあたりから、この流れはできてるんだよね……。五十嵐版アラスカ、まるっきり責任感じてないじゃない。

ハヤカワ版:
自分の人形に魂を吹きこんだから!」
原文:
Nun wird er seine Lieblingspuppe beseelen müssen.”

試訳:
いまや、お気に入りの人形に魂を吹きこまなくっちゃならない」

詳細は9章で解説されるが、真のカリブソの超自我は、人形の「魂」として宿ることになるわけだ。

……。
細かいとこは、なるべく放置する方針で。でないと、9章冒頭あたりで力尽きそうだし。
赤ペン作業の方はなんとか終了。その結果は、おいおいに……。

Posted by psytoh