テル女:誤訳チェック (1)
ヴリション編、ざっと見たところでは、重大な誤訳といえるものはなさそうだ。細かいとこは、まあいっぱいあるのだが……後半はまとめてざっとアップする形になるかもしれない。
とりあえず今回は、カラジアン編のなかでも、なんでそーなるの、というヤツだけピックアップしてみた。
ハヤカワ版:(p126)
ドリソル光路で娯楽公園にたどりつける確率はあまりにもちいさく、カラジアンはしばしば、ソベル人数百万人のなかに、ドリソル光路を使おうなどと考えるほどの楽天家が何人いるだろうと自問した。原文:
Die Wahrscheinlichkeit, über Drysor-Strahl in die Vergnügungsparks zu gelangen, war so gering, daß Callazian sich oft genug gefragt hatte, wer die vielen Millionen Soberer waren, die soviel Optimismus aufbrachten, Drysor-Strahl zu benutzen.
試訳:
ドリソール射路で娯楽公園にたどりつける確率はおそろしく低く、カラジアンはしばしば、数百万はいるドリソール射路の利用者とはどれほど楽天家なのだろうかと自問するのだった。
直訳すると、「ドリソール射路を利用するほどの楽天主義を発揮する数百万のソベル人とは何者であろうか、とカラジアンがしばしば自問するほど、ドリソール射路で娯楽公園にたどりつく確率は低い」である。実際、大勢が使っているから、混雑しているわけで。
ハヤカワ版:(p128)
通廊の両側の壁には、ティオトロニクスから大衆に向けたニュースが流れていた。通廊のすぐ上では警告灯が点灯し、ニュースを見逃した者たちのために、意識不明者が二名でたとの情報を流している。
ブロストの中心部に、情報も知らずに行こうとする者はいない。原文:
Die tiotronischen Wände zu beiden Seiten der Zugangsschneise plärrten ihre Nachricht auf die Menge hernieder, und unmittelbar über dem Zugang blitzten die bunten Lichter zweier Unterbewußtseinsinformationen für die Soberer, die die Pflichtnachrichten versäumt hatten.
Kein denkendes Wesen würde uninformiert in die Zentren von Blosth gelangen.
試訳:
進入路両側のティオトロン情報壁が群集へとニュースを声高に叫び、入口直上では義務ニュースを見逃したものむけに、極彩色のライトが二種類の潜在意識インフォをきらめかせる。
いやしくも思考する存在なら、ブロスト中心部へむかうとき、情報を与えられずにはおれないのだ。
ティオトロン情報壁は、ヴリション編の描写から映像を映し出すと思われる。潜在意識インフォは、意訳として「サブリミナル情報」でも通じるかもしれない。
そして、能動的に情報を取得しようとせずともそこにあるからこその完全情報化社会なのだ。
フォルツの造語が、訳すのめんどくさかったのは、百歩譲っていいとして(個人的にはよくないが)も、「意識不明者」ってのはなんだい。bewußtlos でも ohnmächtig でもないだろう。
ハヤカワ版:(p134)
「重要なのは、なによりも情報化だ!」原文:
“Es ist wichtig, über alles informiert zu sein!”
試訳:
「重要なのは、すべての情報を得られることだ!」
ありとあらゆるものについての情報を与えられること、である。
カンマの位置がちがえば、まだわからないでもないのだが。
ハヤカワ版:(p140)
コストロイは心配無用というが、情報がすくなすぎて、カラジアンは不安だった。原文:
Es waren weniger die Informationen, die Callazian beunruhigten, als die ruhige Selbstverständlichkeit, mit der Kostroy sie ihm übermittelte.
試訳:
カラジアンを不安にさせたのは、情報の内容よりも、むしろそれを伝えるコストロイの静かな自信だった。
weniger …… als ~ で、「……よりも~」となる。英語の no less …… than ~ と似ているんじゃなかろうか。
weniger / die Information なので、「情報が少ない」わけではないのだ。「情報は、自信より(比重が)少ない」である。
で、「どうにも訳知りげな顔してしゃべるんだよなー」と、つづくわけ。
ハヤカワ版:(p143)
旧宇宙軍のエリート部隊がこんな……こんな……」
「反動的なことを?」ヘイセルがあとをつづけた。原文:
Die Elitetruppe unserer ehemaligen Raumstreitmacht gilt doch als… als…”
“Reaktionär?” half Heysel aus.
試訳:
旧宇宙軍のエリート部隊は、だが、どちらかというと……その……」
「反動主義者のはず?」と、ヘイセルが語をついだ。
これから彼らが何をやろうとしているか、もう一度よく考えてみよう。言葉をとりつくろってはいるが、要するに革命である。革命は、ふつう反動的とは言わない。革新的とか、せいぜい反体制、だろう。
Reaktionär「反動主義者」なのは、「体制側」であるはずのドラゴナーを指す。カラジアンとしては、「竜騎兵は反動主義者(ティオトロニクスの秩序の走狗)とみなされているのに、どうしてここに?」と言いたかったのだ。
ハヤカワ版:(p145)
さらにその口調から、かれが懐古趣味に好意を持っていないことも推測できた。原文:
der ungeduldige Unterton in seiner Stimme bewies, daß Heysel nichts für zeitraubnende Zeremonien übrig hatte.
試訳:
いらだたしげな口調は、時間のかかる儀礼的な会話を無駄とみなしていることの証。
時間のかかる儀式のためには何も持っていない――はじめましてとか、説明なんてめんどっちぃ、と思っていることがバレバレなのである。
ハヤカワ版:(p147)
「ブロスト全体のことを心配している人たちよ」と、ずんぐりした女性がいう。原文:
“Wir haben Sympathisanten auf ganz Blosth”, fügte eine stämmige Frau hinzu,
試訳:
「わたしたちのシンパはブロストじゅうにいるわ」と、ずんぐりした女性がつけたした。
ブロスト全域にシンパシーを持っている、と読んだのだろうか。斜め読みすぎだろう。
ここで会った人はほぼ科学者→他にもおるでえ、みたいな流れなのだ。
ハヤカワ版:(p148)
「そうだとしても、この地区はうまくやっています」原文:
“Aber es wird doch sehr viel auf diesem Gebiet getan.”
試訳:
「ですが、その分野では多くの対策が講じられています」
とても多くのことがなされている、が直訳。それを「対策」としたのは意訳である。
ハヤカワ版:(p152)
「これまでにテルムの女帝について判明したことには、まだ推測の部分が大きい」原文:
“Alles, was wir über die Kaiserin von Therm bisher in Erfahrung bringen konnten, gibt der Spekulation breiten Raum”,
試訳:
「これまでテルムの女帝について知りえたすべてが、推測に大きな幅をもたらす」
いろんなことが考えられるけど、結局、百聞は一見にしかずだよねー、というお話。
これなんか、訳文だけみるとつじつま合っているから、よけいタチ悪いよねー。
……とまあ、過去I が大半だが、主なところはこんな感じ。
そして、もうひとつ。最大の読解ミスは、次の項で。
※2019/06/21 ハヤカワ版抜粋追加
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