テル女:誤訳チェック (7)
800話ツッコミ連載、今回はモイクリナ編とその前後でお送りする。
とりあげた数は少ないが、ちょっと原文が長めである。お付き合いいただくには我慢が必要かも。
ハヤカワ版:(p219)
テルムの女帝は第三惑星(現地名ドラクリオホ)でケルセイレーンの進化に介入したが、それがクリスタル構造物によるこの生命体の奴隷化を正当化するわけではないだろう。原文:
Obwohl die Kaiserin von Therm die Entwicklung der Kelsiren auf dem dritten Planeten (er wurde von den Eingeborenen Drackrioch genannt) beeinflußte, wäre der Vorwurf, das Kristallgebilde versklave diese Wesen, nicht gerechtfertigt gewesen.
試訳:
テルムの女帝が第三惑星(原住種族にはドラクリオッホと呼ばれた)に住むケルシル人の発展に影響を与えたとはいえ、彼らを奴隷化したという非難は正当とはいえない。
非難(Vorwurf)という一語を削ってしまったがために、意味がまったく逆転してしまった。また、「奴隷化する(versklaven)」という動詞が、通常なら versklavte と三人称過去の形であるはずなのも見落としている。えっと……接続法I式? 「奴隷化した(という仮定)」なのだ。
ハヤカワ版:
重要なのはみずからが定めた使命ではなく、ソベル人がその遺産にこめた警告を生かすことだ。原文:
Dabei handelte es sich nicht einmal um eine selbstgestellte Aufgabe, sondern lediglich um die Manifestation jener Warnung, die von den Soberern ihrem Vermächtnis beigefügt worden war.
試訳:
自ら決めた使命ですらなく、単に、ソベル人がその遺産に添付した警告の表出でしかない。
es handelt sich um … 「~に関わる、~である」。nicht A, sondern B … 「Aではなく、むしろBである」。lediglich 「~でしかない」。こう並べるとわかりづらいかもしれないが、実はそれほど複雑でもない。nicht um eine Aufgabe, sondern um die Manifestation が骨格となる。
超訳するのはかまわないけど、作者の意図を無視するのは勘弁してほしい。ここで述べられているのは、女帝というコンピューター・システムには、その企図するところと関わりなく、ソベル人のメッセージという縛りが、基幹部分に組み込まれているということだ。
ハヤカワ版:(p220)
クリスタル構造物と魚類の末裔がドラクリオホで築いた連合は、部分的にティオトロニクスの本質をうけつぐ女帝が自信の目的を実現しようとしなければ、ほかの知性体にとって意味を持つことはなかっただろう。
だが、システムに内在する要素が、孤立を許さなかった。原文:
Vermutlich hätte das Bündnis zwischen der kristallinen Wesenheit und den Fischenabkömmlingen auf Drackrioch niemals Bedeutung für andere Intelligenzen gewonnen, wenn die Kaiserin nicht im Zuge ihrer Selbstvervollkommnung zu einer ihrer teilwese tiotronischen Abstammung würdigen Feststellung gekommen wäre.
Man durfte die Lage innerhalb dieses Systems nicht isoliert sehen.
試訳:
クリスタル存在と魚類の末裔との結びつきは、おそらく他の知性体への意味をもつことはなかっただろう。もし、女帝が自己確立の過程で、自身の一部ティオトロニクス的な出自を誇り高く認識しなければ。
状況をこの星系内のみで孤立させることは許されなかった。
うーん、固い文章だな……。もっと意訳してみると――
「もし、女帝が自己確立の過程で、自分がプリオール波動から生まれたことを誇らしく確認しなければ、クリスタル存在とケルシル人の連合体は、彼女たち以外の知性体にとって意味をもつことはなかっただろう。」くらいかな。
女帝は「ソベル人の惨劇」を防ぐ、という使命を、ものごっつー重要視した、と考えるべきだろうか。この時点でようやく女帝が主体となる。だから、ここだけじゃなく、「みんなの未来を守らねば」と奮起したのだね。
ハヤカワ版:(p221)
巨大な枝と苔と大きな葉にかこまれた、ドラクリオホにあるほかの小屋と違ったところのない小屋の前で、ドナティアは足を止めた。原文:
Vor der Hütte, die aus starken Ästen, Moos und großen Blättern zusammengefügt war und die sich damit in keiner Weise von den anderen Gebäuden auf Drackrioch unterschied, blieb Dnathia stehen.
試訳:
強靭な枝や苔、大きな葉などを接ぎ合わせた、ドラクリオッホの他の建物となんら変わるところのない小屋の前で、ドナティアは立ちどまった。
原文の、「小屋の前で」と「ドナティアは立ちどまった」の間はすべて「小屋」の修飾節で、周辺の状況ではなく、小屋の素材・製法についてを述べている。修飾節後半の damit は、小屋の素材を受け、「したがって」他の小屋とまるでちがわないよー、とつながる。
ハヤカワ版:(p222)
人間がその姿を見たなら、身長一・六メートルの直立した魚だと思うだろう。尾びれは短くなり、脚は人間に似ていなくもない。原文:
Ein menschlicher Beobachter hätte sie mit einem 1,60 Meter großen aufrecht gehenden Fisch verglichen, dessen Hinterflossen zu kurzen, Beinen nicht unähnlichen Gliedmaßen ausgebildet waren.
試訳:
人間が見たら、体長一・六メートルの直立歩行する魚と思うかもしれない。尾びれは、ヒトの両脚に似ていなくもない、短い下肢になっている。
尾びれ=脚である。尾びれ→脚、かな。
ハヤカワ版:(p226)
理由はモイクリナにもよくわからなかったが、女帝の指示ははっきりしたものだった。原文:
Der Sinn dieser Anordnung war Moykrina nicht ganz klar, aber die Kaiserin mußte schließlich wissen, was sie verlangte.
試訳:
指示の意味するところはモイクリナにはわからないが、女帝なら自分の望みを承知しているにちがいなかった。
よくわかんねぇけど、女帝様のおっしゃることなら間違いなかんべー、というやつだ。
ハヤカワ版の訳文は、原文の単語をパズルのように組み替えた感じ。はっきりしてる(klar = クリアー)とは、どこにも書いてないのに。
ハヤカワ版:(p227)
最初の艦の着陸で、勢力拡張の基盤ができた。原文:
Mit der Landung des ersten Schiffes war die Grundlage für den Aufbau einer Mächtigkeitsballung geschaffen.
試訳:
最初の艦の着陸をもって、力の集合体建設の礎石がおかれたのだ。
ちなみに ballen は集中する、凝集する。だから〈力の集合体〉が、意味的に正しい訳だ、といっている。まちがえるにしても、拡張ってなんやねんw
たぶん、次で終わる……はず。
※2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加
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