テル女:誤訳チェック (8)
800話、なんとか予告どおり、最後の誤訳チェックとなる。
気になったのはクレノホ編、Frage も Verdacht も Zwang もぜーんぶ「疑問」なのね……。疑問、懸念、強迫観念じゃろ。文脈的に。
ハヤカワ版:(p230)
なにも動かず、なにも変わらず、超光速飛行をつづける艦内の変化のなさは、まるで悪夢だった。原文:
Nichts schien sich zu bewegen, nichts schien sich zu verändern, das Dahingleiten der Schiffe auf der Überlichtspur glich einem bösen Traum.
試訳:
何も動かず、何も変わらず、ただ艦が超光速シュプール上を滑りゆくのは悪夢に等しかった。
一応、単に直訳しただけ。名称だけのことだけどね。
6次元並行シュプールあたりも、「超光速航行」とかばっさりやってないことを祈りたい。
ハヤカワ版:(p231)
旅が長びくほどに、ホプザールがコンプのそばにいる時間も長くなった。年老いて幻想をなくしたチョールクの、希望のない皮肉な休息だった。それを見ていて、副長が気づいた。はっきりとは指摘できないものの、艦長はどこか還付に似てきている、と。原文:
Je länger die Reise dauerte, desto häufiger hielt Hopzaar sich in der Nähe des COMPs auf, und mit jenem hoffnunglosen Rest von Ironie, zu der ein alter, illusionsloser Choolk noch fähig war, bemerkte einer von Hopzaars Stellvertretern, daß der Kommandant auf eine nicht erklärbare Weise dem COMP immer ähnlicher wurde.
試訳:
旅が長引くにつれ、ホプザアルはいっそう頻繁にコンプを訪れるようになった。そして、老いて幻想をなくしたチョールクスにまだ可能なかぎりの、皮肉の絶望的な残滓でもって副長のひとりが指摘したように、艦長はいわく言いがたい形でコンプと似通ってきていた。
接続詞 und の前後で、文脈は切れている。副長の指摘……「兄弟みたいだ」にかかる。また、ドイツ語の Rest は休息ではなく「残り、余り」。
直訳すると「~似てきていることを指摘した。/~似てきていることに気づいた。」である。
ハヤカワ版:(p232)
そして、理由を考えるたび、生きているいうちにわかる日がくるのだろうかと思った。原文:
Wie immer der Grund beschaffen sein mochte, Hopzaar war überzeugt davon, daß er lange genug am Leben bleiben konnte, um ihn zu erfahren.
試訳:
いかなる理由であれ、ホプザアルは確信していた。自分の生きているうちに、知る機会は訪れる。
「それ(理由)を知るために充分なだけ長く生きられることを確信している。」が直訳。乗員が死に絶えたら、着陸もできんし、必ず寿命の範囲内と確信しつつ、執念で生きちゃる、といったところか。
むしろ、「それ(理由)を知るまで、死んでたまるものか!」が適訳かもしれない。
ハヤカワ版:(p233)
ホプザールは副長とともに着陸場所をはなれ、背後の低い丘の上を飛びながら、この世界のようすにゆっくりと失望を感じはじめていた。原文:
Für Hopzaar, der zusammen mit einem seiner Stellvertreter über die flachen Hügel hinter dem Landeplatz schwebte, war der Anblick dieser Welt eine unsagbare Enttäuschung, von der er sich nur langsam erholte.
試訳:
副長のひとりといっしょに着陸地点後背のなだらかな丘の上にホバリングしたホプザアルにとって、この世界の光景は形容しがたいほどの失望そのものであり、気を取りなおすまでかなりの時間を要した。
「それ(失望)から、ただひたすらゆっくりと回復した。」が直訳。
んで、気を取りなおしたところで、「着地しよう」になるのだ。
ハヤカワ版:
「ここでなにをするんです?」副長がたずねた。原文:
“Was sollen wir hier?” erkundigte sich Germaiter müde.
試訳:
「いったいここで、何をしろと?」ゲルマイテルが疲れた声でたずねる。
名前が出ているのは、ここともう1ヵ所だけだが、どちらも訳されなかったのはちょい哀れ(笑)
どこかしらで、「副長のひとりゲルマイテル」とフォルツが書いていてくれたら、ぜんぶ彼に押しつけてもいいくらいなのに >副長(のひとり)
ハヤカワ版:(p235)
ホプザールは胸のクリスタルをひっぱるような力を感じた。原文:
Hopzaar spürte eine ziehende Kraft, die von ihm Besitz ergriff.
試訳:
ホプザアルは自分をわしづかみにする吸引力を感じた。
クリスタルをひっぱる、というより、クリスタル「が」ひっぱってるんじゃないかな。
von だれそれ(3格) Besitz ergreifen は「取り憑く、乗っ取る」とか、“支配する”系の熟語である。
ハヤカワ版:(p236)
報告はすべて、コンプがその一部である、超越知性体に送られた。原文:
und er war in der Lage, einen umfassenden Bericht an die Superintelligenz zu geben, deren Bestandteil er war.
試訳:
そして、コンプがその一部である超知性体への包括的報告が可能となった。
報告は、1回。
ハヤカワ版:(p237)
多様化した宇宙では、超越知性体といえども熟慮が必要だった。原文:
In einem Universum der Polarisation gab es auch für eine Superintelligenz keine Möglichkeit, ohne Reflexionen auszukommen.
試訳:
二極化する宇宙では、超知性体といえど反照なしではすまされない。
ここは、もともと誤訳とはいえない。
Polarisation は、主として経済学でいう貧富の二極分化(Bipolar)で、フォルツ宇宙では秩序と混沌の二極化ととらえたい。もっとも、フォルツのプロットの全容はまだ見えてこない時期であるし、超知は女帝やバルディオク以外にも……というあたり、政治的な多極化(multipolarization)である可能性も、わりとある。ただし、執筆年代の冷戦がらみでは東西の(Bi-)Polarisation が一般的。
Reflexion は、おそらく哲学でいう「反省」。言ってみれば、まあ「熟慮」なのだけど(笑) ここでは「反射」と近い意味合いで、なおかつ、次の段落とすり合わせて「反照」とした。
ハヤカワ版:
ほんとうに宇宙全体を力の集合体におさめることができれば、すべては女帝の意のままになる。
ここで超越知性体の思考の連鎖にも矛盾が生じた。
不正な存在を認めるのは、テルムの女帝の“外”に、あるいは“上”に存在するものを想定するということだった。原文:
Wenn es ihr tatsächlich gelingen sollte, ihre Mächtigkeitsballung irgendwann über das gesamte Universum auszudehnen, würde alles in ihrem Sinn nivelliert sein.
Selbst für die Superintelligenz entstand an dieser Stelle ihrer Gedankekette ein unlösbares Paradoxon.
Darauf zu stoßen und es zu akzeptieren, bedeutete gleichzeitig die Anerkennung von etwas, das “außerhalb” oder “über” der Kaiserin von Therm existierte.
試訳:
もし、ほんとうに力の集合体を全宇宙にひろげることができたなら、すべては彼女の意図のもと一様となってしまう。
超知性体にとってすら、思考連鎖のこの個所で、解き難いパラドックスが生じる。
これに向き合い、受けいれることは同時に、テルムの女帝の“外”あるいは“上”に存在する何かを認めるということ。
意のままになる、というより、一様になる=「正しか存在しない」ことが問題。最後の文章で「不正な存在を~」とやっているから、そこはわかっているはずなのだが。
また、文意的に「受けいれる」のは「矛盾」。で、最終的に女帝は、正面切って「矛盾と向き合う」ことを避けたわけだ。
ハヤカワ版:(p240)
近くのテーブルには数人の乗員がすわっているが、ローダンはほとんど目をむけなかった。原文:
An den Tischen in der Nähe saßen Besatzungsmitglieder, die Rhodan zum Teil noch nicht einmal gesehen hatte.
試訳:
近くのテーブルに数名の乗員が座っているが、一部にはローダンが見たことのない顔も混じっている。
《ソル》生まれの顔を、さすがのローダンも全員知っているわけではない、のだ。
ハヤカワ版:
テラナーとソラナーは生まれた場所が違うため、多くの点でべつべつの順類になっていた。原文:
Terraner und Solgeborene waren durch die verschiedenen Orte ihrer Geburt in vielen Dingen zu unterschiedlichen Menschen geworden.
試訳:
テラナーと《ソル》生まれは、出生場所の違いから、多くの点で異なる人類になっていた。
うーん……「ソラナー」って言葉は、もっと後で出てくるもののはずだけど……見落としたか?
下手するとアトラン500話が最初かと思ってたんだけど。
※確認したところ、726話で初出とのこと。意外と早かった……orz >ソラナー
ハヤカワ版:(p243)
ブジョの姿がドアの向こうに見えなくなった。
「それはどうでしょうか」ローダンが考えながらいう。
「なんだって?」原文:
Rhodan sah Bjo durch den Ausgang verschwinden.
“Ich glaube, daß er uns gelogen hat!” sagte er nachdenklich.
“Was?”
試訳:
ローダンは出口に消えるビョーを見送ってから、思案するように、
「かれは嘘をついていると思いますね!」
「なんだって?」
そら、アトランは「なんだって?」だよね(笑) びっくり度が全然ちがうよ。
ハヤカワ版:(p246)
テルムの女帝の故郷星系からべつの星系にクリスタルを輸送するため、親衛隊の一団がスタートして以来、クレノチはずっと、女帝は物資の損耗をどう思っているのかと考えていた。原文:
Seit er jene Gruppe der Leibwächter auführte, die den Transport der Kristalle aus dem Heimatsystem der Kaiserin von Therm zu anderen Welten organisierte, hatte Crenoch sich mit der Frage beschäftigt, wie die Herrscherin den Substanzverlust ersetzte.
試訳:
テルムの女帝の故郷星系から他の惑星へのクリスタル輸送を組織する親衛隊の一グループを指揮するようになってから、クレノホはずっと、女帝が物資の損失をどう補っているのかという疑問をかかえていた。
同じページで、ちゃんと訳してるじゃない。「輸送部隊の指揮官」って。
ハヤカワ版:(p247)
クレノチはひとりで、クリスタルを積み込む前の艦内にはいった。原文:
Er ging persönlich an Bord eines Schiffes, das mit Kristallen beladen werden sollte.
試訳:
クレノホはクリスタル積載にむかう艦にみずから乗り込んだ。
艦自体を動かす要員がいるかいないか、原文を読んだかぎりではわからない。ここは、「指揮官じきじきに」と読んだほうがすっきりする。
ハヤカワ版:
そこに行った理由は、あとでなにか口実を設けるつもりだった。
クレノチが輸送部隊を指揮するようになってから、クリスタルが同じ場所に二度運ばれたことはない。原文:
Später würde er einen Vorwand finden, um abermals hierher zu kommen.
Seit Crenoch die Verladearbeiten leitete, waren niemals von einem Platz zweimal Kristalle abgeholt worden.
試訳:
もう一度ここへくるために、あとで口実を設けなければ。
クレノホが積載作業を指揮するようになってから、同じ場所で二度クリスタルが採取されたことはなかった。
時間をおいてもう一度計測しないと比較できないから、なのは、この章後半を読めばおわかりだろう。
ハヤカワ版:(p248)
日ごろの精勤が認められ、回収部隊の指揮官に任命されたのである。原文:
Seine Kompetenzen gestatten ihm, sich selbst zum Anführer des Abholkommandos zu bestimmen.
試訳:
回収コマンドの指揮官に自らを任ずることも、クレノホの裁量のうちだった。
直訳すると、「かれの権限が許した、自分を回収部隊の指揮官にさだめることを。」となる。
自演乙、なのであった。精勤、ってなんやねん……。
ハヤカワ版:(p250)
テルムの女帝の精神能力は、長らく十分に活用されていなかった。原文:
Die geistige Kapazität der Kaiserin von Therm war längst nicht ausgelastet,
試訳:
テルムの女帝の精神的処理能力にはまだ余裕があったが、
副詞 längst に「長らく」の意味は確かにあるが、この場合は「とっくに」+否定で「まだまだ」。
動詞 auslasten は、Web検索すると「積載能力ぎりぎりまで荷重をかける、(比喩的に)能力を十分に活用する」と出るが、要するに、「能力限界まで使いきる」である。この文章の場合、直訳すると「まだ負荷がかかりきっていなかったが」。CPU(女帝)の処理能力自体には余力があるけど、至急処理案件がごろごろしてるので、宇宙船1隻ぽっち後まわしでええわー、という文章である。
ハヤカワ版:(p252)
ローダンの信頼を裏切ったら、どうなるだろう?原文:
Was wäre passiert, wenn er Rhodan die Wahrheit verraten hätte?
試訳:
もしローダンに真相を話していたら、どうなっただろう?
だから、なんで Wahrheit を削るかな? そこがキモじゃん。
動詞 verraten には確かに「裏切る」という意味がある。ただ、この場合は、die Wahrheit「真実」があるので、真相を「漏らす」――要するに、ゲロする、が正しい。
ああ、まさかと思うけど、Wahrheit を「信頼」って訳したの?
ハヤカワ版:
ジョスカン・ヘルムートのメンタル放射を感じた。原文:
Seine tastenden Sinne fanden die mentalen Ausstrahlungen Joscan Hellmuts.
試訳:
走査感覚でジョスカン・ヘルムートのメンタル放射をみつける。
ここは、能動的に「捜してみつけた」んじゃなかろうか。
ハヤカワ版:(p254)
仕切られたキャビンで向かいあわせに腰をおろす。ブジョは非現実感にとらわれた。ヘルムートの思考を読んだだけでは不充分と思ったのだ。本人の口から話を聞かないと。原文:
Als sie sich in der abgetrennten Kabine gegenübersaßen, kam Bjo das Unwirkliche der Situation zu Bewußtsein. Er brachte es einfach nicht fertig, Joscan Hellmut auf den Kopf zuzusagen, was er wußte. Ungeduldig hoffte er, daß Hellmut von sich aus darüber sprechen würde.
試訳:
仕切られたキャビンで向かい合って座ると、ビョーは状況の非現実さに思い至った。自分には、ヘルムートに事実をつきつける心構えがまだなかった。そわそわと、ヘルムートの側から口火を切ってくれるのを待った。
auf den Kopf zusagen で「面詰する」という熟語。
「あなたを犯人です!」と言い切る勇気がなかった(なくていい)のだ。
しかし、もじもじされてもヘルムートはさぞ困っただろうな……(笑)
……というわけで、以上で800話『テルムの女帝』の誤訳チェックを終了する。
読者の脳内補完能力にどれだけ期待しているのか知らないが、非常に残念。いくら「一所懸命やっている」ったって、限度があるよね。当分は、御免だわ、これ。
※2019/06/30 ハヤカワ版抜粋追加
ディスカッション
コメント一覧
いつまで五十嵐先生は無理を続ける気なんでしょうね。
わざと手抜きしてるとはいいませんけど、ここは侘びを入れて長く続けるために、月1冊に戻すべきと思いますが。
五十嵐さんは、現在では用語・設定の監修っぽいですね……。
実態のよくわからない外部編集さんもいらっしゃるそうですが、結局は早川の問題でしょう。グイン云々の話は以前にも書きましたが、兼業翻訳者である翻訳チームの面々には、月2話翻訳は時間的にどーかと。
結局、プロパーの翻訳家である嶋田さんにオンブにダッコですよね、現体制。
大量チェックお疲れさまでした。楽しませてもらいましたw
翻訳の出来に疑問を抱いて以来、なるべく
古本で集めるようにしてますが
まだ当分この方針を貫くことになりそうです
新しい記事がないので、ここに書き込みませてください。
2600巻から始まった新サイクルに一言。
ちょーつまんねえ、と書く以外ないくらいなほどのつまならさ。
だいたい出だしはいつも地味な話になりがちで、イマイチなのですが、ここまでつまらないのは初めてです。
こんな感じでローダン、大丈夫なんだろうか?
ローダンの誤訳ではないのですが、一寸気になった記事がありましたので。
「書籍「アインシュタイン その生涯と宇宙 下」が機械翻訳だったため回収へ」
http://gigazine.net/news/20110730_randomhouse/
面白そうだなと思い買う予定にしていた書籍なのですが、買わずによかったと考えるべきか……。
>平和呆けドライバー さま
しいっ! それは言っちゃいけませんっw
そういえば、9月に新シリーズ(ポケットヘフト)が始まるらしいけど、そっちも大丈夫だろうなあ。
>上山なつき さま
これはwひどいw わたしも食指が伸びかかってたのにっ(爆)
もうソフト云々の問題じゃなくて、そのまま提出したヒトの常識の問題な気もしますがねえ……あとは出版社のモラルの問題。
見出しが「機械翻訳だから回収」は、しょうがないけれど、翻訳ソフトにしてみれば濡れ衣ですよね(汗)