続850話・生兵法はケガの元

ハヤカワ版, 誤訳

引きつづき、850話『バルディオク』の話題。
今回のお題は、以下の2点である。

Mächtigkeitsballung / 【まるぺ用語】 “力の集合体”
Machtbereich / 【一般名詞】 勢力圏

das GESETZ / 【まるぺ用語】 〈法〉
Gesetz / 【一般名詞】 (物理)法則

(1) バルディオク超知性体化計画(嘘)

“力の集合体”:
――ローダン・シリーズにおける、超知性体の勢力エリアをあらわすことば。人類レベルで見ると、単に銀河および銀河間の虚空という空間的領域だが、実はそれ以外……「精神的領域」まで広がっている。そして、超知性体が進化の次なる段階へ進むために不可欠な「エネルギーをぎゅっと凝縮した」装置みたいなものなのだ。

なお、ここでいう“力” Mächtigkeit には諸説あって、たとえば Perrypedia では例として、69話『半空間に死はひそみて』で登場した「時空安定エネルギー」エイリスを挙げている。
少々長くなるが、言葉の意味から考えてみるに、

  • 動詞 machen は「つくる」→「する(行為をつくる)」≒英語の make
  • 名詞 Macht は、「(つくる/する)力」→「権力」「国家」「軍隊」
  • 形容詞 mächtig は「(つくる/する)力が強い」→「すごい(大きい・重い)」「権力がある」

なので、

  • Mächtige (= mächtiger Mann) は、「(つくる/する)力が強い人」→「権力がある人」
  • Mächtigkeit は「(つくる/する)力(が強いこと)」

つまり、

  • ケモアウクたちは「つくる力がすごい人(生命・知性を広める人)」
  • 超知性体の勢力圏は「つくる力をためる場所(生命・知性を集める場所)」

なのである。
それに基づいて、古参のファンが素人なりに知恵を絞って、2つの言葉に共通する「力」を残すように、「力強き者」「力の球形体」という翻訳をひねり出したわけだ。

ハヤカワ版の訳語については、たとえば「七強者」と一息に綴れるとか長所もあるが、「強者」と「力の集合体」に共通した意味を読みとることは、たぶんどうやってもできないだろう。残念な話ではある。
まあ、〈力の球形体〉については、以前から、「別に球形じゃないしねぇ(笑)」という説もあった。木村・相良には Ballung について「球形にする(なる)こと、球形にした物、密集」とある。……力の泥ダンゴ?(をひ
閑話休題。

■165p

ハヤカワ版:
 一瞬、おのれの“力の集合体”を創造するという計画を、ふたたび断念しようかと考える。
原文:
  Einen Augenblick erwog er, den Plan, sich einen eigenen Machtbereich zu schaffen, wieder aufzugeben.

試訳:
 一瞬、おのが王国を創造する計画を断念することをあらためて考えた。

■172p

訳文:
もちろん、胞子を播種することもできる。ただし、依頼人が期待した領域ではなく、自分の力の集合体で!
原文:
Er würde die Sporen ausstreuen, aber nicht dort, wo man sie von ihm erwartete, sondern in seinem späteren Machtbereich.

試訳:
胞子の撒布は、する。だが、予定の場所にではなく、かれの将来の王国に於いてだ。

どちらも、「勢力圏」を「力の集合体」と置き換えているわけだが。これ間違い。
冒頭でも書いたが、“力の集合体”は、「超知性体の」勢力エリアである。Mächtigkeitsballung を「勢力エリア」と訳しても大丈夫だが、逆は必ずしも真ならず。
バルディオクが欲しているのは、どちらかというと「空間的」な支配権みたいだし、ここでは「王国」とした。ちなみに上記2箇所以外は、「勢力範囲(Machtbereich)」が248p、「帝国(Reich)」が150p、218p、225p、「権力領域(Macht)」が167p、「統治領域(Herrschaftsbereich)」が192p、といったところか。ふつーに訳してるところもあるのに(248p)、魔が差したんだろか(笑)

まあ、これまではバルディオク(超知性体)にからんで、「Machtbereich → バルディオクの力の集合体」と訳してきて支障なかったんだろうけど……わたしゃ読んでないけど。
しかし、詳細は6月後半の号になるけれど、別にバルディオク(強者)は、望んで超知性体になったわけではないので、最初から“力の集合体”を建設する意志なんてあるはずないのだ。

(2) 未来からやってきた〈法〉(嘘)

〈法〉:
――コスモクラートから与えられた究極の第三の謎「〈法〉はだれが創り、何が記されているのか?」にて言及されたもの。同時に提示された第一・第二の謎の回答が、ともに宇宙に物理法則をもたらす超時空遺伝子〈モラル・コード〉がらみだったので、「〈法〉=物理法則そのもの」とも言われるが、コスモクラートやカオタークの行動を制限している部分もあるようで、「戒律」的意味合いも兼ねているらしい。
「モラル・コードを設置した陽気な老人?!」とか「超知性体コルトロクは〈法〉の謎を解いた!?」とか、過去、いろいろとネタを提供しているが、2650話の時点でその回答は明らかになっていない。

ハヤカワ版166pでは、大宇宙のすべてをしたがえる“法”が突然あらわれるが、これまた間違い。
フロストルービン、無限艦隊、そして〈法〉の、いわゆる〈究極の謎〉が登場するのは1000話以降であり、ここで言及されるのはおかしい。
実際、850話において、究極の謎に言及する個所はないし、一般名詞としての Gesetz はあっても、〈法〉をあらわず das GESETZ は存在しない。伏線としても、ほのめかしとしても、まるでないのだ。

えーと、ハヤカワ版のこのあたり、別途取りあげるつもりだった、翻訳が意味不明な個所のひとつなので、ちょっと長いが前後を含めて引用する。

■165-166p

ハヤカワ版:
 乗客が物質の泉の“向こう”からきたとしたら……?
 謎に満ちた匿名の依頼人は、播種船が胞子を積みこみ、七強者を“召喚”するたびに、あらたな銀河領域に有機生命体の“発生”を準備していたのではないか?
 ありえない!
 “ほかの側”で起きていることならいざ知らず、大宇宙はすべて“法”にしたがっているはずだ。しかし、もしかすると、依頼人はおのれの属する時空連続体で、バルディオクにその“使命”を遂行させたがっているのかもしれない。
 “積荷”の行動を監視するのはかんたんだった。
原文:
  Befand sich ein Passagier an Bord, der von jenseits der Materiequellen kam?
  Ein Gesandter der geheimnisvollen Auftraggerber, die die Sporenschffe beladen und jedesmal an die sieben Mächtigen den RUF ergehen ließen, wenn es galt, neu entstandene galaktische Gebiete für organisches Leben zu
räparieren?
  Unmöglich! dachte Bardioc.
  Noch nie war jemand von der anderen Seite gekommen, und alle Gesetze des Universums sprachen dagegen, daß dies jemals geschehen könnte. Aber vielleicht hatten Bardiocs Auftraggeber irgend jemand an Bord geschleust,der zum Raum-Zeit-Kontinuum gehörte, in dem Bardioc seine Arbeit verrichtete.
  Es wäre leicht gewesen, dies bei der Beladeaktion zu bewerkstelligen.

試訳:
 密航者が、物質の泉の彼岸からきた存在だとしたら?
 あらたに発生した銀河領域を有機生命のため整える必要が生じるたび、胞子船に荷を載せ、七強者に“召喚”をもたらす、謎に満ちた委託者の、使節だとしたら?
 ありえない!
 いまだかつて彼岸からきた存在はいないし、宇宙のありとあらゆる物理法則がその可能性を否定している。とはいえ、委託者が、バルディオクが活動しているのと同じ時空連続体に属するものを船内へ送りこんできたとしたら。
 荷積作業にまぎれてなら、ごくかんたんな話である。

原文、大文字ではないうえに、複数形である。〈法〉ではありえない。
というか、ごくかんたんな文章である。主語のGesandterが消失したり、ほんと、どうしてこうなるんだろ……。

……。
結局、半可通はよくないやね、ということ。なまじ単語を知っていると、つい使いたくなるのかもしれないが、要するに知っているだけであって、ガジェットとしてのつかいどころすら正しく選べない、その単語の意味さえちゃんと理解してないことが露見しては、かえって恥の上塗りである。
……「そのローダン宇宙という幻想をぶちこわす!」とか叫んでないよね?(笑)
引用・試訳中の強調(太字)は、すべて西塔による。

Posted by psytoh