バジスバジス亀の子バジス (2)
前回から、だいぶ間が空いてしまった。
正直、内容確認・精査のためにページをめくるたびに誤訳の山で遭難するのに心身の危険を感じたのもある。よくもまあ「マールは大好物」とか書けるものだと思うわ。いやマジで。
謎の「宇宙船一万隻」
該当箇所は、基本はこのあたり:
ハヤカワ版(p140/141):
「あの物体の質量をご存じですか?」とハミラーがたずねた。
「巨大だとしかわからない。三十秒前に報告がとどいたばかりだ」とティフラーは、「だが、計画の全容がわかりそうだな!」
「一ギガトンあります!」
首席テラナーは息をのみ、とっさには答えられない。
「ギガトンというと……十億トンか!」
ハミラーがうなずく。
ティフラーはすばやく暗算した。つまり、あの物体の総重量は、宇宙船一万隻にひとしいということだ。それが意味するところは……ハミラーがいった数字は、たんに外被と構造材の質量だけで、機械装置や燃料はいっさいふくんでいない。最新型高性能船のイオン化・凝集された燃料を搭載すると、質量はその数倍になるだろう。
空虚質量で一ギガトンとは……!
二千五百メートル級の中規模艦隊に匹敵するではないか!
で、この文章(実際に質問をうけた時点では「一ギガトンあります!」から)に関する質問は、
A) 「空虚質量」って、空(カラ)重量じゃないの?
B) 「宇宙船一万隻」って、原文なに?
問Aについては、ほどなく解決した。原語が Leermasse なので、そもそも誤訳ではない。とゆーか、ちょっと好奇心でネットにあたってみたら、ミリタリー系は空重量、航空機系は空虚重量、自動車業界が乾燥重量で、宇宙飛行関連が空虚質量だった。無重力だからね(笑)
ただ、これはもう完全に趣味の領分ではあるのだが、正しければいいのか、とゆー考え方もある。似たような例に、「空虚空間」Leerraum や「ハイパー空間」Hyperraum が挙げられる。「虚空」や「超空間」では何故いけないのか。いまのマニュアルだと、『超空間からの殺人鬼』も『虚空のルクシード』も存在しえないのだ。閑話休題。
問題は、問Bである。
原文:
“Wissen Sie, was für eine Masse das Zeug hat?” fragte er.
“Ich habe die feste Absicht, es in etwa dreißig Sekunden zu wissen”, antwortete Julian Tifflor. “Dann nämlich, wenn Sie die Katze aus dem Sack lassen!”
“Rund eine Gigatonne!”
Die Zahl verschlug selbst dem wortgewandten Ersten Terraner für einen Augenblick den Atem.
“Eine Gigatonne!” brachte er schließlich hervor. “Eine Millarde Tonnen!”
Hamiller nickte.
In Tifflors Verstand tanzten Dutzende von Ziffern einen verwirrenden Reigen. Er ging von der Annahme aus, daß aus den mehr als einhunderttausend Einzelteilen einst eine Art Raumfahrzeug entstehen würde. Das bedeutete: Die Einzelteile stellen lediglich die Außenhülle und einen Teil der stützenden Struktur dar. Die Masse, die Hamiller ihm genannt hatte, enthielt keinerlei Beitrag von Einrichtung und vor allen Dingen nicht von Treibstoff, der bei modernen Hochleistungsschiffen, da er in ionisierter, dicht gepackter Form transportiert wurde, ein Vielfaches der Leermasse des Fahrzeugs ausmachte.
Eine Gigatonne nackte Leermasse!
Das entsprach einer mittleren Flotte von Giganten der 2500-Meter-Klasse!
試訳:
「あれがどれだけの質量かご存じですか?」
「三十秒後なら知っていること間違いなしだな」と、ティフラー。「きみが秘密を開陳してくれればの話だが!」
「およそ一ギガトンです!」
この数字には、さしも能弁な第一テラナーも瞬時ことばを失った。
「一ギガトン!」と、ようやく口にする。「十億トンだな!」
ハミラーがうなずいた。
ティフラーの脳裏で、一ダースもの数字が乱舞する。まず、十万を超えるパーツ群が、やがて一隻の宇宙船を構成するという前提に立ってみよう。すると、パーツ群は外殻と支持材の一部でしかない。ハミラーが告げた質量には、艤装や、なにより燃料が含まれていない。近代的高性能艦艇では、燃料はイオン化され、高密度に凝縮された形態で搭載されるため、艦それ自体の空虚質量の何倍にもなるはずである。
空虚質量だけで一ギガトン!
二千五百メートル級巨船の中規模艦隊に匹敵するではないか!
……。
相変わらず、自分の思い込みで決めた訳語にひっぱられて文章ができあがっている感がある。
この段落を通して、ティフラーは頭の中でちょっとしたパニックを起こしながら、それでも真面目な優等生ぶりを発揮して、がんばって考えるのである。
1ギガトンだしー
えーと、前提がアレだしー
あーなるしー
こーなるしー
……え、1ギガトンっ?
と、最後に「えっ」と口をあんぐり開けて、「ウルトラ戦艦中規模艦隊分じゃないの!」なる結論にいたる。そうした思考のプロセスを順に描写しているのだ。
ハヤカワ版だと、暗算はじめた直後に、計算結果が出たみたいな文章になっている。どうしてこうなったかというと……
単語を読みちがえているのである。Einzelteile(他のページでは「パーツ」と訳してる)が、なんでかしらんけど「宇宙船」になってしまっている(しかも、数字の桁が減っている)。
パーツ10万個 ≠ 宇宙船1万隻
「宇宙船一万隻」……って、どこからきたんだろ? Einzelteile (個々のパーツ【複数形】) を Flottille (小艦隊) と読み違えた? いや、Einheiten(艦艇群)と勘違いしたのか?
そして「宇宙船何隻分」と誤解した時点で、「十万隻じゃ多すぎるし、一万隻にしとこうか」と勝手にいじってしまったのだろうか。「あとがきにかえて」でも、“ありそうな数字”に調整すべきとかのたまってるし。
原文を見てもらえばわかるとおり、ここでは 100000 とか 10000 と書いているのではない。
hunderttausend(十万)と書いてあるのだ。
zehntausend(一万)とは書いていないのだ。
どうして原文の間違いと決めつけて訂正してしまうのだろう。まず自分が単位を間違っていないか確認しようよ? 辞書をもう1回引くだけで済む話だと思うのだが。
で、これまた「あとがきにかえて」で、いろいろと「推測」しているが、例えばPerrypediaには、
ウルトラ戦艦の質量:およそ600メガトン
という記載が、ちゃんとあったりする。約6億トンである。
空虚質量+燃料その他で数倍になるそうだが、この項目が艤装前・済どちらかは明記されていない。折衷案として、単純に半分として3億トン。これで計算すると、総量1ギガトンだと、ウルトラ戦艦3~4隻、という数字が算出される。
個人的には、十万隻単位の艦船が繰り出されるローダン世界で、3~4隻が「中規模」か否か、判断に苦しむところだと思う。しかし、それを決めるのは、わたしでもないし、訳者でもあるまい。
また、これはもう余談に類するが、同じくPerrypediaに、
改装後の《ソル》の総体積は176億立方メートル、質量は36億7000万トンとなる。
出典:2400話
という解説がある。
たしかに上記は中央船体が全長3000メートルに延長された2000話の頃の数字だし、バルディオク・サイクル時代とは素材が異なる(インコニットからカーライトになっている)。だが、「目安」にするならこういう「ローダン宇宙にある数字」に頼るべきではないか。探せば、作家チーム(主にマールやシェール)の考えたデータが、実はいくらでもあるのだ。
Perrypediaはあくまでもドイツのファンダムが主催する企画で、二次資料だからあてにならない、とゆー立場をとるのなら、まあそれはそれでいい。だが、だったら自分の常識(巻末で述べている数字は、結局どれも訳者個人の常識であるし、「現実の地球上にある数字」に基づいている)を立脚点にするなんて手抜きなコトをしちゃ、まずかろう。
とゆーか、重量を問題視するなら、同時にもう片方の、意味不明なうえに訂正を入れた数字「一万隻」の説明も、きっちりしてもらいたいものである。
あと、トランスフォーム砲でギガトン爆弾をバンバン撃ちまくる戦闘の指揮をとった経験もあるティフラーが、ギガトンという単位に目を丸くするのが、個人的にはむしろ驚きである……と言ったら、マガンに「ダイナマイトも原爆も太陽も、適当な距離をおいて見たら、どれも爆発してる火の玉にしか見えないんじゃない?」と反論された。
そうか、【TNT火薬1000】ギガトン【相当】爆弾だから、これまた脳内数字だけってことか……。実物(パーツ群)が目の前にあるのとでは、感ずるところは違うのかもしれないやねえ。
あと、熟語 die Katze aus dem Sack lassen 「猫を袋から出す(秘密を明かす)」の意図するところくらいはちゃんと理解してほしい。計画の全容は、いまだネーサンの胸のうちである。「あれの質量、知ってる?」のクイズの答えでしかないのだ。
閑話休題。
ハヤカワ版P130でも「大型艦船百隻ぶんと同等の規模」と推測された《バジス》の質量が、どうして「宇宙船一万隻」になってしまったのか。意地悪いかもしれないが、もう少し調べてみた。
1章~3章あたりを探してみたが、Metalteile とか、そのもの Teile とかはあるのだが、Einzelteile は3個所しか見つけられなかった。しかも内1つは訳していないので参考にならない。
とはいえ、「パーツごと」「“パーツ”の群れ」という訳が確認された。
以下に、前者を抜粋する:
ハヤカワ版(p143-145):
「礼をいうのはこちらだ。それで、“外”がどうなっているか、知っているか?」
首席テラナーはそういいながら、制御コンソールのスイッチ類を操作した。次の瞬間、室内が暗くなり、壁一面にルナ表面がうつしだされる。正確には、その上空……星々をちりばめた宇宙空間が。やがて、その一画を移動していく、怪物じみた巨大な堆積物に焦点があった。
ケルシュル・ヴァンネはしばらくそれを見つめたあと、
「パーツごとに浮遊する物体……あれがネーサンのいう“バジス”でしょう。ただし、まだ完成していないのは明らかです。さらに追加のパーツが必要で……たとえば、上部構造があれば、もっと完全なものになるはず……それをどう呼ぶかは、おまかせしますが」
ティフラーは立ちあがって、数歩行ったりきたりしたあと、ヴァンネを見てほほえみ、
「わたしの疑問を、すべて一瞬で解消してくれたな」と、いった。「そのとおりだ。まちがいない。で、ネーサンは“バジス”でなにを意図していると思う?」
「ただの予想ですが」と、コンセプト。
「きみはラヴァラルから、人類への任務を持ち帰った。“それ”は大規模遠征部隊の派遣をもとめたわけだ……“パン=タウ=ラ”という名の、謎に満ちたなにかを発見するために。だが、わたしはそれを拒否した……現時点では、人類にそのような遠征部隊を組織する余力がないから」
振りかえって、巨大スクリーンを見上げ、
「思うに……あれはその決定に対する反応ではないか」と、いった。「いずれにしても、なにが欠けているのか、興味があるな!」原文:
“Dafür danke ich Ihnen”, erwiderte Julian Tifflor. “Und jetzt zu der Frage, die Sie eigentlich erwartet hatten: Wofür halten Sie das dort draußen?”
Er betätigte einen Schalter an der Kontrollkonsole seines Arbeitstischs. Im selben Augenblick wurde der Raum dunkel, und an der Wand erschien ein Ausschnitt der Mondoberfläche mit viel sternenbesätem Weltraum darüber und der monstrosen Ansammlung von Einzelteilen genau im Fokus der Aufnahmegeräte.
Kershyll Vanne sah das Bild eine Zeitlang an. Dann sagte er:
“Das Ding, das in Einzelteilen dort schwebt, nennt sich nach NATHANS eigenen Worten die BASIS. Eine BASIS an sich ist unfertig. Sie braucht etwas: einen Überbau, eine Vervollständigung – nennen Sie es, wie Sie wollen.”
Julian Tifflor ging ein paar Schritte, kehrte um und kam wieder zurück. Als er Kershyll Vanne anblickte, lächelte er.
“Sie sind meiner Frage geschickt ausgewichen”, sagte er. “Sind Sie sicher, daß Sie keine Ahnung haben, was NATHAN mit der BASIS bezweckt?”
“Eine Ahnung habe ich schon”, antwortete Kershyll Vanne.
“Ich auch”, erklärte Julian Tifflor. “Sie kamen von Lavallal mit einem Auftrag für die Menchheit zurück. ES wollte uns auf eine großangelegte Expedition schicken. Wir sollten ein geheimnisvolles Etwas suchen, das sich PAN-THAU-RA nennt. Ich antwortete ihnen, daß die Menschheit im Augenblick weder die Mittel noch das Interesse habe, eine solche Expedition in die Wege zu leiten.”
Er wandte sich um und wies auf das großflächige Bild.
“Die Sache mit den Mitteln hat sich anscheinend soeben erledigt”, schloß er. “Was uns jetzt noch fehlt ist das Interesse!”
試訳:
「感謝する。さて、それでは先刻きみも予期していた質問といこう。外にあるあれは、いったい何だと思う?」
ティフラーが執務卓備えつけの制御コンソールのスイッチを押した。同時に部屋が暗くなり、月面の一角が壁に映し出された。上空は満天の星におおわれている。カメラの焦点がぴたりと合わされたのは、パーツ群の怪物的な堆積である。
ケルシュル・ヴァンネは、しばしその映像をみつめてから、
「パーツ群の形で浮遊するあれこそ、ネーサンのいう“バジス”でしょう。バジスそれ自体は未完成。まだ何かを必要としています。上部構造なり、パーフェクションなり……お好きなように呼んでください」
ジュリアン・ティフラーは数歩行きつ戻りつし、ヴァンネに向かいあうとほほえんだ。
「うまく質問をそらしたな。ほんとうになんの考えもないのか? ネーサンが“バジス”で何を意図しているのか」
「予感ならば、ひとつ」ケルシュル・ヴァンネがこたえる。
「わたしもさ」と、ジュリアン・ティフラー。「きみはラヴァラルから人類への使命をもちかえった。〈それ〉が、われわれに大規模遠征隊を派遣させたいという。パン=タウ=ラという名の、謎めいた何かをみつけだせと。だが、わたしは、人類には現状そんな遠征隊を送り出す手段も興味もない、と回答した」
ふりむいて、壁の大画面を指し示すと、
「手段の問題は、どうやら解決したようだ」と、結んだ。「あと足りないのは、興味だけだ!」
……。
そして興味(関心)は、クレタ島方面からデメテルさんの格好でやってくるわけだが。
ああ、いや、Einzelteile の話だった(笑) ここではちゃんと訳しているので、意味がわからなかったわけではないらしい。じゃあ、訳語も数字も原文と異なっている「宇宙船一万隻」は、いったいどこから侵蝕してきたのだろうか。
いや、時々心配になるのだ。わかった部分だけで日本語にしてるんじゃなかろうかと。上記の抜粋が必要箇所に比してやたらと長いのは、ティフとヴァンネの会話が、今回あっちでもこっちでも遭遇した、原文無視の誤訳のいい例だからでもある。
こういう「仕事」を見るにつけ、P296で訳者さんの主張している、
“ありそうな数字”に調整すべきだと思っている。
には、(うちの掲示板でのレスとは違う表現になるが)わたしは賛成できない。そもそも“ありそう”という判断を下す前の段階で、単位や、桁や、前提条件や、話の展開が信用できないからだ。ストーリーや前提を無視して、単位や桁を間違っている人に、これは少なすぎる、これはおかしいといじり回されたら作者は涙目である。
……どんどんgdgdになってきた。
ここは無理くり切り上げて、第3回「バジスのカタチ」につづくとしようorz
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