379巻『人類なき世界』
先だって捕獲したハヤカワ版379巻『人類なき世界』を、ようやく読了。いや、ストーリーはわかってるし、と、ついつい『天地明察』(これも、今頃、だが)とかレンタルマギカの新刊の方を片付けていたので……(笑)
今回は「人類なき世界」「テラの孤独者」とも著者はウィリアム・フォルツ、訳者は赤坂桃子さん。
『時間超越』において時間の井戸を超えたシェーデレーアのその後であるとともに、“研究者”ドウク・ラングルの登場によって、ストーリーは一大転機をむかえる。
前半・後半を通して、シェーデレーアは人類消失の手がかりをもとめてテラニアをめざし、ドウク・ラングルは虚空に出現した星系(メダイロン系)を調査する一方で、無人と思われたテラに、ごくわずか存在した生存者とコンタクトするのだが――というストーリー。不幸な誤解のため、ひとりのテラナーが生命をうしなうことになるが、最終的に、シェーデレーア、ドウク・ラングル、3人の元アフィリカーたちはテラニアに集う。ネーサンの機能停止により、さまざまなインフラや気象コントロールまでストップした地球で、5人は今後、どのように対応していくのだろうか。
一方で、メダイロンの実体化した宙域の支配者“化身”クレルマクが派遣した調査の艦艇は、すでに間近にせまりつつあった……。
とりあえず、今回ホッとしたのは、“テルムの女帝”と“化身”の2つの訳語である。特に後者(原語:Inkarnation)は、ファンダムだと“具象化(存在)”、“受肉化(存在)”の訳が通用しており、現象面からするとたしかに正しいのだが、いちばんわかりやすいのは化身だと思うのだ。
#基督教系が“受肉”のイメージで、仏教系が“化身”……なのかなぁ。
さて、以下に、前半「人類なき世界」の翻訳で、気になった個所を挙げる。
■9p
ハヤカワ版:
《ヒュプファー》
原文:
die HÜPFER
試訳:
《跳躍者》ないしは《ホッパー》あるいは《ジャンパ》
異種族の船なので、そのまま音読すべきなのか、語義をとるべきなのかは、判断が難しい。
いい例が、テラノヴァ・サイクルで登場した混沌の勢力の終末戦隊“TRAITOR”。英語の「叛逆者」と思っていたら、特に意味はなかった、と後日、読者のページで回答された。終末戦隊・叛逆者で漢字ばっかでいかめしすぎるのーとか思ってたのに。づかんぽ。
■10p
ハヤカワ版:
“無限のループ”はひとりで閉じるしかない。
原文:
Er war dazu verdammt, die Unendliche Schleife allein vollenden, ein Unterfangen, das sich niemals realisieren lassen würde.
試訳:
無限ループをひとりで完遂しろといわれたようなもの。実現しようはずもない壮挙だ。
無限ループ、としたのは、コンピュータ用語っぽくしたかったから。以下、ネタバレ:
テルムの女帝は、ある意味、意思をもった巨大なコンピューターであり、なおかつ発祥にかかわる命題において、ひとつの重大な矛盾をはらんでいる(800話)。
それを前提にしろというのはむちゃな話かもしれないが、女帝関連をコンピュータ用語風に訳すこと自体は、遊びのように見えて、適切かもしれない、と思うのだ。
■14p
ハヤカワ版:
喉の渇きをおぼえた。
原文:
bekam einen trockenen Mund.
試訳:
口のなかがカラカラだった。
やっべ、ほんとに人っ子ひとりいないじゃん、という緊張のあらわれとすると、この方がよさげ。
余談だが、ググってみたら、ドライ・アイの口腔版みたいな病名がひっかかることひっかかること……。
■27p
ハヤカワ版:
その情報が部外者に漏れたら、破滅をみずから招きよせるようなもの。
原文:
Es würde sich jedoch eher selbst zerstören, als dieses Wissen gebenüber Unbefugten preisgeben.
試訳:
その知識を部外者に漏らすくらいなら、《モジュール》は自爆するだろう。
eher ~, als … で、「…というよりむしろ~」。
■28p
ハヤカワ版:
ひょっとすると、物理的な基礎事象に手がかりがあるかもしれない。
原文:
ob er vielleicht einem physikalischen Grundereignis auf der Spur war.
試訳:
物理学を根底から揺るがす事件のしっぽをつかんだのかも。
III格の名詞+ auf der Spur で、「ほにゃらら(III格)の後をつける」。
Grundereignis は、ふつうに“大事件”でいいかも。
■30p
ハヤカワ版:
やめてくれ! ぼくを狙いうちにしないでくれ!
原文:
Nich’ mit mir! sage ich. Nich’ mit mir!
試訳:
だめだめ、ぼくはひっかからないぞ!
訳文だと、ちいさなアルロがそこだけやけに弱気に見える。また、自分に言い聞かせている感じなので、試訳のようにしてみた。
■34p
ハヤカワ版:
大きな建物はたくさんあるのに、どこにも人間がいないなんて。
原文:
Man könnte glauben, es ist niemand mehr hier in diesen vielen großen Gebäuden.
試訳:
まるでこれだけたくさんある大きな建物に、だれもいないみたいじゃないか。
だれもいないと、信じてしまいそう、なのだ。
そもそもアルロ、人類消失自体は理解していない。
■43p
ハヤカワ版:
遠方のアンデンの頂きに
原文:
über die weit entfernten Gipfel der Anden.
試訳:
遠方のアンデス山脈の頂きに
これは単純に凡ミス+校正漏れ。
Alpenがアルプスなのと同じようなもの。どっちも複数形だから、英語読みするとsがつくのかな。
■70p
ハヤカワ版:
クレルマクそのものは中枢部から外へと移動していた。
原文:
aber sie wurden ständig von Zentrum aus weiter nach außen verlegt.
試訳:
境界は(流動的だが、)中心から外へと広がりつづけている。
主語は sie ……助動詞が wurden なので複数形。前節の主語が境界(die Grenzen)なので、そちらが該当する。化身(die Inkarnation)も代名詞は sie だが、こちらは女性形単数である。
■126p
ハヤカワ版:
対消滅装置に
原文:
in die Zerstrahlungsanlage
試訳:
分解装置に
こわして放射にしてしまう設備、くらいが原意か。ちなみに対消滅は Paarzerstrahlung 。ぜったいにまちがいかといわれると困るが、葬式のたびにそんな途方もないエネルギーが発生しているとは、ちと考えにくいので(笑)
■129p
ハヤカワ版:
どこの惑星においても!
原文:
Bei allen Planeten!
試訳:
なんたることか!
イシュトヴァーンやオットーが、感きわまったときに叫ぶ「~に賭けて!」の同類である。大元帥あたりだと、「ありとあらゆる惑星に賭けて!」と書いて、「いやはやなんとも」なんてルビをふるのではなかろうか。
■136p
ハヤカワ版:
ただひとつ、わからないことがある。未知の宙航士はなぜ、わたしとコンタクトしようとしているのか。
原文:
Ich habe einfach nicht verstehen können, daß dieser unbekannte Raumfahrer lediglich Kontakt mit mir aufnehmen wollte.
試訳:
未知の宙航士はただコンタクトを望んだだけなのに、わたしにはそれがわからなかったのだ。
文章の順番があれだが、それを理解しなかったための転落事故、というつながり。
……こんなところか。
誤訳というほどでないものも混じっているから、体感的にはミスはこれより少ない。目くじら立ててつぶしていくわけでもなく、単なる指摘、で済みそうだ(笑)
毎回、このくらいだといいんだがのぅ……。
ディスカッション
コメント一覧
こんばんは。ここいら辺の話は少し地味なので読者受けはあまりよくないかもしれませんね。しかしもうすぐ原書で800巻テルムの女帝、日本語版がここまで行くとは予想してませんでした。が、逆にペースを上げ過ぎで一冊あたりの売上が大幅減になって400巻終了もなくはないですが。
話は変わって、さきほど本家フォーラムの2550巻のネタバレを読みましたが、なんかついにローさんがコスモクラート連中に反旗を翻す展開になるみたいですね。大幅なイメチェンもするらしいですし。それにともなって、未だ回答のない究極の第三の謎の解明もあるんじゃないかと期待してます(いや、解明してくれw)。
結局周波数帝国はこのための前座だったわけで、そのせいか弱くなるのも早すぎでしたね。ここのところの流れが私にはややつまんなかったので、これを機に再び1000巻前後の次の話が待ち遠しくて仕方ないわくわくする展開になって欲しいもんです。
わたしが初めて原書で読んだときは、アラスカの地味な冒険よりも、ちらっと書かれた幕間劇にわくわくしたものです(笑) あ、ここでもうクレルマクの名前が出てきてるじゃん、と……先読み者のサガでしょうか。
2550話のアレについては、過大な期待は禁物かと(を
ホシュピアンの人類年代記ネタは、元々はフェルトホフの小道具だったのですが……あれ、書かれた年代が不明ですからねえ。過去、“引用”された歴史書には、表記されている年代が事実上存在しない(新銀河暦とかぶる)ものも多々見うけられますし、内容がその後のストーリーと矛盾しているものも少なくありません。
人類の新紀元!という意味では、1700話『メビウス』のイントロも、1回コケていますしね(^^;