“喉”ブラックホール疑惑
Black Hole / ブラックホール
Schwarzes Loch / ブラックホール
本家・無限架橋の掲示板をご覧のかたはご承知だろうが、375巻『ポスビの友』前半「成就の計画」(マール著)にて、星のメールストロームの特異点“喉”が、なんかしらんブラックホールということになった、らしい。寝耳に水だったので、今回の更新は「時間超越」をお休み(笑)して、かんたんに追跡調査をおこなってみたい。
んーと、まずは“喉(der Schlund)”とはなんぞや、から。Perrypediaの当該項目から、冒頭部分を:
“喉”は星のメールストローム中部、最も濃度の薄い部分に形成されたエネルギー乱流である。
有効範囲、直径240億キロメートルの巨大転送機であり、メールストロームとプローン=ナビル銀河境界の構造漏斗“対向喉”と結ばれている。
そして、一部読者を震撼させた、375巻・裏表紙の紹介文から抜粋:
地球がブラックホールにのみこまれる日が近づいた。(以下略)
テラとルナを含むメダイロン星系自体が、徐々に“喉”にひきよせられており、やがてそこに転落してしまう――という展開は、わりと前から進行中なのだが。はて、ブラックホールだったという設定は、はじめて聞いた。ちと、原文でなんと書いてあるか確認してみよう。
■20p
ハヤカワ版:
地球がブラックホールにのみこまれるより前に、人類は自滅への道を歩むと決めたかのようだ。
原文:
die Menschheit schien entschlossen, sich selbst den Untergang zu bereiten, noch bevor der Schlund ihren Planeten verschlang.
強調部分は、ブラックホールと、原文でそれに対応する部分。
まずは、“喉”がかれら(人類)の惑星をのみこむ前に……である。
■21p
ハヤカワ版:
早朝のこの時間、ブラックホールの活動はとくによく観察することができた。
原文:
Jetzt, in den frühen Morgenstunden, war die Aktivität des Schlundes besonders gut zu beobachten.
“喉”の活動……。
■22p
ハヤカワ版:
ブラックホールにきらめく鮮やかな閃光を浴びて、岸辺の道をやってくる。
原文:
Im Widerschein eines der bunten Blitze, die durch die Öffnung des Schlundes zuckten, erkannte Bull ein Gleitfahrzeug.
“喉”の開口部にひらめく閃光……。
■23p
ハヤカワ版:
ブラックホールにのみこまれる気のない人々が、ひそかにテラを去ってしまったから」
原文:
weil die Menschen den Sturz in den Schlund nicht mitmachen wollen und sich rechtzeitig abgesetzt haben.”
人々が“喉”への転落をともにすることを厭い、まにあううちに退去してしまった……
■42-43p
ハヤカワ版:
月や姉妹惑星ゴシュモス・キャッスルや恒星メダイロンもろとも、地球がブラックホールにのみこまれる日を。
原文:
das Datum (…), an dem die Erde zusammen mit dem Mond, ihrem Schwesterplaneten Goshmos-Castle und der Sonne Medaillon in den Schlund stürzen würde.
地球(と、その他諸々)が、“喉”に転落する日付……。
■47p
ハヤカワ版:
地球とともにブラックホールを通る気はないから。
原文:
Er beabsichtigte nicht, den Durchgang der Erde durch den Schlund mitzumachen.
地球の“喉”通過をともにする気はない……。
ハヤカワ版:
これで、テラがブラックホールにのみこまれる前に脱出できる。
原文:
Damit war gesichert, daß er die Erde rechtzeitig vor dem Eintritt in den Schlund verlassen konnte.
“喉”への突入前に地球を脱出……。
■53p
ハヤカワ版:
ブラックホールの稲妻に照らされた夜の森に、自分以外のだれかがいる。
原文:
er sei nicht alleine in der nächtlichen, vom bunten Zucken der Blitze des Schlundes erhellten Busch- und Waldlandschaft.
“喉”の電光の、色鮮やかなひらめきに……。
■72p
ハヤカワ版:
たとえ、われわれの惑星がブラックホールにのみこまれようとも」
原文:
auch nachdem unser Planet in den Schlund gestürzt ist.”
“喉”に墜落した後でも……。
■113p
ハヤカワ版:
あなたが“喉”と呼ぶブラックホールに、テラがのみこまれるとき」
原文:
Mit dem Sturz der Erde in das Gebilde, das Sie den Schlund nennen.”
あなたが“喉”と呼ぶ構造体に……。
■117p
ハヤカワ版:
あるいはメダイロン星系がハイパー空間をとおってブラックホールの方向に大きくジャンプするか。
原文:
oder das Medaillon-System hat durch den Hyperraum einen Riesensatz in Richtung des Schlundes gemacht.
“喉”の方向へ大ジャンプしたか……。
※時制もちがっている。「向かってきたか、ジャンプしたか」は過去、「近日中に起きる」のは、“喉”への墜落である。わざわざ「墜落」を削除して、誤解を助長してどーするよ。
■118p
ハヤカワ版:
人類の故郷惑星はブラックホールの入口のきわにあった。
原文:
Der Planet der Menschheit befand sich im inneren Einzugsbereich des Schlundes.
“喉”の吸引エリア内にあった……。
■120p
ハヤカワ版:
上海の夜景は輝いていたが、ブラックホールの深淵からあらわれる閃光の明るさとはくらべようもない。
原文:
In Shanghai brannten die Lichter, aber ihre Helligkeit war nichts im Vergleich mit den ewig zuckenden Blitzen, die aus der Tiefe des Schlundes hervorbrachten.
“喉”の深淵からあらわれる……。
ハヤカワ版:
休息をとってもらいたい……ブラックホールにのみこまれるのを待つことなく」
原文:
Sie haben die Ruhe verdient… nicht den Sturz in den Schlund.”
あなたにふさわしいのは休息だ……“喉”への墜落ではなく。
■123p
ハヤカワ版:
ブラックホール近くで頻繁にあらわれるハイパーエネルギーのひずみ効果の影響をうけたとすると、もっと最近の光景なのかもしれない。
原文:
oder auch, infolge hyperenergetischer Verzerrungseffekte, die in der Nähe des Schlundes häufig und mit großer Intensität auftraten, jüngeren Datums.
“喉”近傍にしばしば強くあらわれるハイパーエネルギー性の歪み効果……。
ハヤカワ版:
人類の故郷惑星はブラックホールにのみこまれていないということ。
原文:
hatte der Schlund die Heimat der Menschheit noch nicht verschlungen.
人類の故郷はまだ“喉”にのみこまれていない……。
――と、いうわけで。せっかくだから(笑)斜め読みしつつチェックした16ヵ所で、すべて原語は、ブラックホール「ではない」ことを確認した。まだ見落としがあるかもしれないが、サンプル数としては、どうも原語以外のところに原因がありそうだと判断しても、さしつかえなさそうだ。
となると、本来は原書を全文検索して、ブラックホールに相当する単語or描写が他にないかを確認しなくちゃならないわけだが……全文照合…したくねぇ(笑) つーか、関係ないとこでひっかかっちゃうんだよ、例えば「パートナー1:臨界点まで残された時間単位はごくわずか。最終段階を今すぐ開始しなければならない。パートナー2:準備は完了している。最終段階、開始。」だよなー、とか。
まあ、幸いというか、怪しい個所は発見しているのだ……1ヵ所だけなので、証拠としての効力には乏しいけど:
■21p
ハヤカワ版:
数ヵ月前には星空のまんなかに黒い穴が開いているだけだった。
原文:
Noch vor wenigen Monaten hatte er wie ein schwarzes Loch inmitten des Sternenteppichs gewirkt.
試訳:
ほんの数ヵ月前には、星の絨毯のまんなかに開いた黒い穴のように見えたものだ。
これ、小文字だから、ブラックホールじゃなくて、単純に黒い穴、なんだけどね。
まさか、これだけで、“喉”=ブラックホールと判断した――なんてことは、ないよね? ないと思いたいよ?
※照合に使用した原書は第3版、1987年印刷のもの。原書のページ数もつけようかと思ったけど、版が異なると役立たずになるかもしれないので、割愛した。
ディスカッション
コメント一覧
調査お疲れ様です。
結論からすると、「誤訳」ですか?
うーむ、ツクマコーン人のエピソードでさんざんSchwartzlochが出てきたもんだから、なーんにも違和感がなかった。(爆)
まあ、誤訳ですねぇ。
ぶっちゃけ、マールが執筆しているのに、シュヴァルツシルト半径とかの解説がまるでない時点でおかしいんですけどね。
> うーむ、ツクマコーン人のエピソードでさんざんSchwartzlochが出てきたもんだから、なーんにも違和感がなかった。(爆)
五十嵐さんもそうだったんでしょうなあ……困ったもんだ。
日本の心優しい読者たちは「え゛え゛? ”喉”はブラックホールじゃないよね? → まあ、マール先生も忙しくて勘違いしたのでしょう」と勝手に脳内補正してくれるので問題にならないわけですが、何故読者が手にとって最初の1分で気が付く事を出版側が気が付かないのかなぁと。
個々の翻訳者が気が付かないのは仕方ないとしても、上がってきた原稿を統括してチェックする人いないんですかね~? 別にローダン設定大辞典を作っておけというつもりは無いのですが、過去に「喉は自然の転送機」という設定が有ってプローン銀河に行き来しているくらいなんですから、その辺りを見て「ブラックホールっておかしくね?」という気づきが欲しかったところであります。
心優しくない読者です(笑)
原稿チェックして翻訳を統括してる人ですか。五十嵐さんでしょ? 用語や言い回しの統一は、ぜんぶあの人がやってるみたいです。
まあ、ぜんぜんチェックしきれてないのは、一目瞭然なんですが……。
ぶっちゃけわたしは、「月2回刊行は、いまの翻訳チームには早すぎる」派です。ニュースを聞いた時点から、状況が悪化することは見えてましたんで。実は、呆れてはいても、それほど驚いてはいなかったりします。グインがあーなってしまったので、早川としてはなんとか補填したかったんでしょうが……ねぇ。