《ソル》の長い道/NEO版

NEO

12月22日発売の320巻『黒い架橋』から、ローダンNEOの新シーズン〈カトロン〉が開幕した。
ソル星系を隔離して無愛症アフィリアを撒き、あげく200億人類の脳髄をみずからのパーツとして強奪せんとしたスーパー・バイオコンピューター〈カトロン〉。いまなお潜在するその危険を排除するべく、ローダンは〈カトロン〉の端末が脳髄輸送のため建造させた巨艦《バジス》で、敵の本拠たる5500万光年かなたの巨大銀河M-87へと進発する、のだが。
これまで読者の得た〈カトロン〉にまつわる情報は、

  • シーズン〈オデッセイ〉(正篇でいう脳彷徨)でローダン脳が誘拐されたナウパウムは、M-87(カドロナール)周辺に12000存在する球状星団のひとつ。
  • パインテックのPGT装置で帰還する際、ローダン脳は〈カトロンの地〉なる仮想世界で、クレストの姿をとった〈カトロン〉に遭遇。「助けてやれることはないのか」と問うローダンは、「それは一度試みた。が、うまくいかなかった」と言われる。
  • ローダンがナウパウムで出会ったサイナック(後にロワ・ダントンと呼ばれる)はフランス人ジョルジュ・ダントンの脳をもつが、彼は幼少期〈深淵の姉妹〉に選ばれ、その船《ナルガ・プール》で特殊な教育をうけていた。
  • 〈姉妹〉によると、〈カトロン〉は太古ルーワーによって“宇宙の量子構造安定化”のため創造された、幾十億の脳髄からなる超バイオコンピューターで、その叛逆のためルーワーは滅びた。
  • 永らく休眠状態にあった〈カトロン〉が、近々覚醒するきざしがある。“暴君を打破する”ための教育を施されたダントンの脳は〈カトロン〉にとって“猛毒”にあたる。

……というもの。しかし、シーズン〈アフィリア〉開幕直前、思いがけない手段で核心に迫ったものたちがいた。
今回お送りするのは、彼ら《ソル》の人々の苦闘の物語。309巻『一億年』(シェーファー)である。

ローダン指揮のもと、テラニアに出現した黒き碑の原因を探るべくマゼラン星雲へとむかった《ソル》。現地の“時間眼”をもつ種族パーリアンは、銀河系とのはざま、マゼラニック・ストリームにポスビが築いた〈クロノパルス・ウォール〉を破るため、〈ベルカ〉なる装置――9基のステーションからなる、おそらくルーワーの九塔施設の流れを組む技術――の準備を進めていた。その試運転の際、搭載艇《パールダイヴァー》のローダンが期せずして“毛細血管”経由で銀河系へ転送される一方で、《ソル》は生じたハイパー渦に呑み込まれる。船体崩壊直前、ハイパー物理学者エリック・ライデンの機転で“流れに身をまかせる”ことで転送は安定。やがて亜鈴船は、見も知らぬ銀河の中央ブラックホール近傍に出現する。
アルコン人から受け継ぎ、アンドロメダ遠征を経てアップデートされた星図なら、局部銀河群のどこであっても特定できる、22世紀の人類の天文学知識にも該当しない巨大銀河。その銀河中枢部はちょっとした混沌の様相を呈していた。なんらかの原因で、大量の難民が発生しているのだ。救助された難民のひとりは、“時間眼”をもたないパーリアン……。
やがて、天文部のヘージ・ノックマンが、プシオン領域で計測される、200年ほど前に誕生したばかりのジェットの萌芽を発見したことから、ひとつの仮説が提示された。ここは銀河系から5500万光年はなれた球状銀河M-87である……ただし、1億年前の!

  • 実はマゼラン星雲の〈城〉崩壊時に、パーリアンのひとりがペレグリン(黒き碑から分離したヒューマノイド)を“化身”(Inkarnation。正篇における超知性体の“具象”)と呼び、「我らの忠誠は、いまなお〈設計者〉に……ひいては〈カトロン〉に向けられている!」と口走るのをラス・ツバイが目撃している。が、その報告がローダンまで伝わっているかは不明。

帰還はあらゆる意味で絶望的。世代船として設計された《ソル》ではあるが、この距離、この時間にはなすすべがない。時間膨張飛行でも船体が保たないし、それだけ長期のコールドスリープで人体に影響が出ずにはすまない。
艦長チャート・デコンは“我らソラナー”と乗員を鼓舞し、初代ハイ・シデリト(“中天にかかる星)に就任するも、希望を見出せない一部の者たちがコルヴェットで離脱するのを阻止できなかった。銀河中枢部を放浪する10年のすえに、デコンも病没する。

後を継いだブレッククラウン・ハイエスは、引き続き政情不安な中枢ブラックホール“ポーヴェーヒー”近傍の放浪を継続する。
ジェットのプシオン的影響が人心に不安をもたらす効果が判明したり、ライデンらの肉体をくるむクレール塊を利用した高度なコールドスリープ〈ステイシス〉がジェフリー・ワリンジャーによって開発されたりもしたが、現状打開の大きなきっかけとはならぬまま、数十年がすぎる。
人道的救助によって、往くあてのない難民は《ソル》の人口増加を招き……いかなる論理の帰結か、艦載脳〈セネカ〉とポスビの叛乱が勃発する。ソラナーの福祉のため、すべての決定権を掌握すると告げるセネカに、ハイエスは上位コードによる強制シャットダウンで対応。統制ポジトロニクスを失った《ソル》に暗黒時代が訪れる。
ハイエスらが行方をくらまし、ハイ・シデリトの座を襲ったタンワルゼンは、〈ソル労務共同体(SOLAG)〉を創設、厳格なカースト制度を敷いた。

  • オリジナルのチャート・デコンはATLAN500話「ソラナー」の時点で《ソル》の独裁者ハイ・シデリトであった、いわばアトランの最初の敵ボス。彼の“家”たる《ソル》を守るため身を投げ出し、実は息子であるブレッククラウン・ハイエスに後を託す。今回の血縁関係は不明。
  • エリック・ライデンら旧ライデン・チームの3名は、異宇宙クレアヴァースから流入した物質クレールの塊に埋め込まれ、擬似的な不死の状態。ただ精神活動は正常で、ネーサンやセネカの提供したアヴァターとして出現する。イレギュラーな存在なので、首席科学者はワリンジャーに譲り、助言者的地位にとどまっている。
  • ローダンによる〈大断裂〉閉鎖後、クレールは失われたはずなのだが、この塊だけは維持されている。当然、補充のあてもないので、〈ステイシス〉は限定的にしか使用できない。

どうやって説得しわからせたのかセネカ復旧とともにハイエスらが復権。〈ステイシス〉によって延命しつつ指揮をとる彼らは、一部ソラナーによって“グレイト・オールド・ワンズ(クトゥルー神話における“旧支配者”)”と揶揄される。漂泊の120年を経て、銀河系などライブラリの記録映像でしか知らない世代や、そもそもこの銀河の種族由来の“ソラナー”が主流となりつつあった。
新世代の保守・管理業務への忌避感や、一部退行現象もみられるなか、グレイト・オールド・ワンズは最後の挑戦を試みる。
現地種族が神のように崇める〈中枢の設計者たち〉……神話ゆえ曖昧模糊とした表現が多いなか、とある紙媒体の記録に、ひとつの座標が示されていたのだ。物、惑星、恒星かすらさだかでない、銀河系から見て中枢ブラックホール・ポーヴェーヒーの裏側にあたるその場所はこう呼ばれていた……〈モノル〉と。
目標から数光秒の距離へと遷移した瞬間、《ソル》に暗黒が落ちた。

ほとんどのエネルギーが消失していた。かろうじて動く外部カメラがとらえた映像は、見知らぬ暗黒空間。星々はおろか、ポーヴェーヒーすら見えない。ここが〈モノル〉なのか? そして《ソル》船体にはりついた、いくつもの全長数十メートルのゼリー状の物体。暗灰色のそれは、生命体なのか? これがエネルギーを吸収したのか? エモシオ航法士コスムが応答せず、艦機動は不可能。宇宙服のマイクロ反応炉すら機能しない状態。ゼリーの移動した個所は装甲板が変質している。艦内へ侵入されれば結果は火を見るよりも明らか。ワリンジャーたちは戦闘ロボットを再充電しようとしているが、時間が足りない。
そのとき立ちあがったひとりの男がいた。コルン・ハン・ブールロ。《ソル》のM-3中核の次元泡バコル・カヴィ遠征の際に母ヘルマが妊娠中だったため“進化の跳躍”を体現した宇宙人間。ミュータント、フリークと忌避された彼が、唯一対応可能なソラナーとして、船外へあらわれたのだ。エネルギー残量の乏しい熱線銃が予想外にゼリー状生命体に効果的で、ワリンジャーらは戦闘ロボット部隊を動員する余裕を稼げた。

  • コルン・ハン・ブールロ(Buhrlo)は、ハヤカワ版では「バーロ」になっている。母ヘルマともども正篇から移行組。ヘルマの死後は、元《ソル》副長レベッカ・モントゴメリーに育てられる。ベッキーがヘルマと仲良かったのかは不明。

惑星サイボラ生まれの人類最初のエモシオ航法士メントロ・コスム。《ファンタジー》、そして《ソル》を導いてきた彼は、闇の中で不可解な声を聞いた。「ぼくにひどいことしたヒトたちの仲間なの……?」
そんなことはない。コスムは否定する。なぜか、相手が〈モノル〉なのがわかる。われわれは平和的な意図で、好奇心と探究心からここを訪れただけ。
「じゃあ、助けてくれるの?」
コスムは「できる限りのことは……うん」と、肯定した。
肯定してしまった。

ゼリー体を駆逐したものの、《ソル》への攻撃は続いていた。未知の超高周波エネルギーのビームは、リブラ・バリアのフィールドラインにナノ構造亀裂を産み、エネルギーを吸収する。負荷が急激に上昇していく。
コスムは死んだように反応がない。操舵をとりもどすためにはSERT接続を遮断する必要があるが、外部から強制切断すれば人体への影響は予測もつかない。そのとき――
外部からの通信が。メントロ・コスムからの!

〈わたしに残された時間がどれほどあるかわからない。だから、遮らずに聞いてほしい。
 皆を安全なところへ移すため、できる限りのことはした。クルム――というのは、エネルギーを吸収するゼリー体のことだ――それにメタ要塞の砲撃は、モノルへの接近に対する自動防衛反応だ。ノナスフィア周辺エリアは危険で、350年前の軍団侵攻以来、タブー領域とされている。設計者たちは、M-87中枢部の一連の種族同様、ガルベッシュのおそるべき殲滅戦にもちこたえることができなかった。以来モノルは荒廃し――立入禁止だ。少なくとも、われわれを含む、ほとんどの者が。
 充分やれたかはわからないが、そちらにツキがあるかもしれない。もっと時間があれば、放電を微調整できただろうが、どちらにせよ他に手段がない。
 モノルを包む“膜”を再度突破するのは、現状の《ソル》では耐えられない。だが、選択肢はある。これまで……ひどい……時代だった。会えなくなるのは寂しい。君たち、ひとりひとり、皆に。すべてがうまくいけば……心の底からそれを望むが……故郷によろしく伝えてほしい。そして、わたしを忘れないで……〉

  • 遮らないで、とのことなので、間のト書きも省略した(笑)
  • 聞いているハイエスは、コスムがやたら早口なのは通信途絶をおそれていると感じた。
  • コスムの状況と、ナウパウムへ脳髄を奪われたローダンの状況の類似も。
  • ノナスフィア(Nonasphäre)という単語は、明らかにルーワーが銀河系に築いた〈ノナゴン〉の系統。

通信はとだえ、《ソル》はありえないほどの加速をはじめた。まもなく必要速度に達した亜鈴船は遷移した。
次の瞬間、またしてもアラームが鳴り響いた。衝突警報。再物質化した直近に、巨大な小惑星が位置していたのだ。全長80km、最大幅20km。
《ソル》が激突するであろう環状山脈は、まるで怪物の顎のようであった。
直後、通信・探知を担当するモリナ・デンジャーが叫んだ。
「あれは、小惑星じゃない。宇宙船よ!」
そんな莫迦な、と思ったところで溶暗。


そして、物語は310巻『愛なき世界』よりアフィリア編へつづくわけだ。生殺しか(笑)

なんだか、いろいろと不整合があるのが、おわかりいただけただろうか。
マゼランのパーリアンが忠誠の対象として設計者≒〈カトロン〉としているのは、叛逆が事実であるならおかしい。
〈深淵の姉妹〉というのは、時空を超えて暗躍しているダオ=リン=ヘイとか、最近ではローダンの長女ナタリーちゃんも加入している謎の組織。シェーデレーアがマスクマンになったのも彼女らのせいである。で、ナタリーらは「設計者は〈カトロン〉の叛逆で滅んだ」とダントンに教えているのだが、本作だとガルベッシュ軍団(NEOではおそらく今回が初見)の襲撃によるとされる。
そして最後に出現した小惑星サイズの宇宙船。どう見ても、正篇1300話で出現した“丸太”(der Klotz)である。正篇どおり“丸太”=《ナルガ・プール》だとしたら、目的不明な〈姉妹〉は1億年前にM-87でもほにゃららしていたわけで。兄弟船《ナルガ・サント》は出てくるのかとか妄想がふくらむw

そして、〈カトロンの地〉でローダンが聞いた、「それ(助けてもらうの)は一度試みた。が、うまくいかなかった」というのは、おそらくコスムのことを指す。すると〈モノル〉=〈カトロン〉となるのだが。はてさて。
X(旧Twitter)でも書いたが、覚醒した〈カトロン〉が人類の脳髄を欲したのは、コスムとの関係があるとみている。1億年の時を超えて、コスムの再登場はあるのか。
タイトルリストにも“丸太”の名称は出てくるので、《ソル》の人々、もしくはその子孫なりの運命が語られる可能性もある。わりと、今シーズンのなりゆきは、楽しみにしている。

本筋と全然関係ないけど、通信・探知担当→副長のマイ・タイ・タナカが日本人って、『蹴りたい田中』でも読んだの?w >シェーファー

Posted by psytoh