エシュバッハ『ソラー・ステーション』
今年でデビュー10周年というアンドレアス・エシュバッハ。9月には最新作、サスペンス巨編『ノーベル・プライス』が刊行されたばかり。
今回ご紹介するのは1996年刊行の第2長編『ソラー・ステーション』。近未来(というか、すでにパラレルだが)の宇宙空間を舞台にしたSFサスペンスである。
宇宙ステーション《ニッポン》は、NASDA開発の太陽発電実験衛星。衛星軌道上で広大な太陽セルを展開し、地上へとエネルギーを送信するテストをおこなっている。しかし、ここ数回、送信されるエネルギー流の照準がブレるというトラブルが続いていた。何者かによるサボタージュを確信する船長の森山は、保安・整備担当のレナード・カーに極秘調査を命じる。ステーションの乗員はわずか9名。誰が破壊工作者なのか? 疑心暗鬼にかられつつ調査を始めた矢先に、乗員のひとりが死体で発見された。ご丁寧にすべての通信機も破壊されている。これは、宇宙開発史上初の「密室殺人」だった。
しかも、犯人を追及する暇もあらばこそ、打ち上げ軌道をはずれた欧州のアリアン・ロケットがステーション直撃コースで接近中であることが判明。地上基地との連絡もとれないまま、レナードらソラー・ステーションの乗員たちは非常事態に立ちむかうことを強いられる……。
主人公レナード・カーは元US空軍の戦闘機パイロット。第一次湾岸戦争に従軍した過去を持ち、当時の通訳であった女性とのあいだに一子をもうけている(後、離婚)。1999年のNASA解体(!)に伴い、宇宙飛行の道を模索して日本へやってきた。専門家ぞろいの乗員たちのなかでは唯一の「門外漢」だが、地上との連絡が途絶した状態で立て続けにステーションを襲う危機のなか、「非・民間人」であるレナードだけが対処しうる事態が、やがてやってくる。
本作の作中年代は2015年。執筆から20年後、現在から10年後だが、展開される未来像はかなりシュールだ。
湾岸戦争とほぼ時をおなじくしてソビエト連邦が崩壊。強敵をうしなったアメリカは、徐々に衰退をはじめる。上述のNASA解体後、スペースシャトル3機は日本に売却された。いまでは、宗教的原理主義や狂信的環境保護主義に振りまわされた合衆国は無明の闇に沈み、わずかにLAやシアトルに文明の牙城が残されているにすぎない。
ヨーロッパではEU統合の試みが失敗。乱立した小国の小競り合いが続き、外の世界では「バビロンやアステカ同様、ヨーロッパは滅亡した」と論評される始末。
湾岸地域を含むアラブ世界では、世紀末にあらわれた「預言者」に率いられた狂信的《聖戦軍》により第二次湾岸戦争が勃発。北部アフリカを荒廃させ、ジハードは1年前から聖地メッカを包囲していた。
そして、現在の世界を主導するものは……環太平洋地域、なかんずく、アジアである。日本、韓国、中国、そしてシドニー・オリンピック以降、非アジア文化圏の旗手となったオーストラリア。
中でもわれらが日本は買い込んだシャトルを使って宇宙開発ではリーダー的存在であるようだ……ハワイも日本の領土みたいだし(笑)
とまれ、サボタージュに端を発した事件は、やがてソラー・ステーションを強奪し、地上へ攻撃をしかけようとするテロリストとの戦いに発展していく。占拠犯たちの標的・メッカには、レナードのひとり息子、ニールがいる……。このあたり、宇宙版ダイ・ハードで、かなり盛り上がる。
序盤、オルタネートな未来像がつかめるまでは、一部やや珍妙なものが混じる日本語に苦笑しつつ読み進んだのだが、一旦話が動きだすと、もはや逃げ場なし、ノンストップのジェットコースターである。これだったら、うまく宣伝すれば日本でもそれなりに売れるんではなかろうか。
個人的には、エピローグの描写から、レナードが木更津近辺に居をかまえているらしいことに親近感をおぼえたりおぼえなかったり。都心から袖ヶ浦あたりまで地下鉄でびゅーんて、某サイバーパンクでも思ったけど、千葉県は将来もそんなに発展しないだろう(爆)
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うん。しないだろう。(笑) ←実家は稲毛