超空間をこじあけて -5-
337巻も購入済みだが、とりあえず、こっちを済ませておきたい。前にちょっと書いた「尋問編」である。
335巻239pからはじまるラール人尋問あたりがすごいことになっているので、ちょいと長丁場だが、お付き合い願いたい。はじめに、ざっと流す。239p終盤から、246pの章末まで。
試訳:
「さして事情に精通しているようには見えないのですが」と、キラン・ベイが捕虜を指ししめして、「彼ら、何者でしょう?」(1)
「思考を読んでわかったんだけどさ、あのふたりは科学者だよ。名前はバーリル=トルンにヴェイー=トアク。ぼくがとっちめるべきかなあ……」
「いますぐにでも!」キラン・ベイが大声で、「わたしも同席します。あなたではわからない概念が出てくるかもしれませんから、グッキー」
これはキラン・ベイの誇張ではない。実験コマンドの首席科学者として、まちがいなくグッキーよりもこうした分野の経験を積んでいるのだ。
ラール人は無表情だが、これはわざとかもしれない。とにかくふたりがなにを考え、感じているかはその顔からは読みとれない。思考が手に取るようにわかるグッキーにとってはどうということもなかった。だが、恐れていたとおり、専門用語はさっぱり理解できない。ラール人自らに、トランスレーターを介して知識を開陳させなければなるまい。(2)
「よく聞いてよ、バーリルにヴェイー、自分の生命がまだ大切だったらね。そちらの実験は失敗したし、こっちのもそうだ。そのせいで、一蓮托生窮地に陥ってるってわけ。なにが起きたか、それはなぜかを教えてよ。そしたら、あんたたちの身柄を保証してあげるし、ぼくらといっしょに脱出できる」
答えはない。グッキーはテレパシーで“インパルス変調フィールド”とでもいうべき概念をとらえた。なんのことやらわからないし、そもそもいまの問題とはまったく関係ない可能性もあった。だが、重要かもしれない。
「話してくんないと、あんたたちをここまで連れてきたでぶが、自分なりの方法を試すことになるんだけど。あんまり気持ちいいもんじゃないよ。だから、理性的になってよ、おふたりさん」ふたたび思考をとらえたグッキーは、意味のわからない概念を忘れてしまう前に投入することにした。「こっちもね、転送実験でミスを犯したことはわかってるんだ。イコライザーとインパルス変調フィールド、だっけ? ほら、ぼくらが情報通なことはわかっただろ? でも、あんたたちが正直に話してくれれば、こっちとしても助けやすいんだけどなあ(3)」
このブラフは効いた。はじめてラール人の顔に驚愕らしきものが浮かんだのだ。バーリル=トルンが、
「さよう。諸君が見落としたのはイコライザー。知っていながら、なぜそんなことに?(4)」
「いんや、いま善意を証明するために話すのは、こっちじゃなくて、そっち。(5)ひょっとして、ぼくの考え、まだわかってくれてない? ここから脱出したあと、ぼかァローダンにこう報告したいんだ。捕虜にしたラール人科学者二名は実に協力的でぼくらを助けてくれたよ、って。あんたたちの側にとっても、多大な貢献とみなされるんじゃない?」
しばしの思案の後、バーリル=トルンが口を開いた。
「テラナーとの共同作業は、ずっとわれわれの望むところだった。だが、きみはテラナーではないな」
グッキーはため息をついた。
「いいかげん聞きあきたセリフだね。もちろんぼかァ、テラナーじゃないけど、その一員なんだ。外見で判断しちゃダメだよ、バーリル! それで、転送機の誘導コンタクトがどうしたって?」にんまりと笑って、「ぼくが事情通だってことの、最後の証明さ。さ、いいかげん技術的問題についてしゃべっちゃってよ。ぼくが報告書でふたりのことをポジティヴに書けるようにさ。それに、あんまりためらってると、ぼくら全員おだぶつだよ」
キラン・ベイ博士は、グッキーがテレパシーによってラール人から引き出した概念に気づいていたが、まだ確固たる手がかりをつかんではいなかった。失敗した転送実験にまつわる事実関係のいくばくかを予感してはいたものの、あまりに漠然としすぎている。
バーリル=トルンが説明しかけたとき、司令室のドアが開いて若い科学者がとびこんできた。格納庫で超重族に対処していた男だ。手には銃身のほとんどない軽インパルス銃をにぎりしめている。(6)
居ならぶ人々の驚愕した顔に気づくと、銃をおろして、
「エネルギーが尽きてしまって、あやうく巨人どものひとりに殺されるところでした。(7)間一髪で逃げだしたのですが、やつ、きっと追いかけてくるにちがいありません……」
「どうして替えの銃を持ってもどらないの?」と、ナラが鋭くたずねた。
「そんな時間なかったんです、艦長! いまにもここにやってくるはずで……」
グッキーはすでに、急速に司令室に接近しつつある超重族の思考をとらえていた。自分をこんな状況に追い込んだラール人二名を殺すつもりだ。しかし、いまのグッキーにはわかっていたが、このふたりこそ、かれらを確実な死から救い出せる唯一の存在でもあるのだ。(8)
超重族が司令室にあらわれるより早く、テレキネシスでつかみかかった。迅速かつ断固たる行動以外、手段がみつからなかったがゆえの、苦渋の決断である。(9)
通路で、何か重たいものが床に落ちる音がした。だれかが咳きこみ、くぐもった叫び声がして――静寂が訪れた。
ナラと若い科学者がドアへと走り、外をのぞき込む。戻ってきたふたりは顔面蒼白になっていた。
「超重族が……」科学者はつかえがちに、「あれは、わたしを追ってきたやつです。通路に倒れて――死んでいる……」
ナラがグッキーに目で問いかける。ネズミ=ビーバーはうなずいた。
「きっと心臓発作だよ」と、つぶやくように言っただけ。
無言のまま、ナラは制御卓のシートに戻った。
キラン・ベイがラール人たちに向きなおって、
「それで、なにがまちがいだったんだ?」
今回、バーリル=トルンを妨げるものはいなかった。
「諸君は転送機コンタクト間におけるインパルス変調フィールド内のイコライザーを見落とした――それがすべてだ」グッキーに視線をむけて、「満足かね?」
もしこの瞬間、グッキーが途方にくれたとしても、それは表にはあらわれなかった。(10)おおまかな同意をしめすキラン・ベイの視線をうけて、
「うん、充分だ。あんがと、バーリル=トルン。これから、ミスを修正してみる。手遅れでなきゃいいんだけど」
「おそらく大丈夫だろう」と、ラール人。「試験機体は超光速エンジンを搭載しているわけだし」(11)
最後の指摘に、キラン・ベイの顔が目に見えて明るくなった。口に出せずにいた質問の回答を得たとでもいうように。ネズミ=ビーバーの腕をとると、ナラ・マリノワたちのもとへもどる。
「問題は解決した、と思う。捕虜はどこかのキャビンに軟禁した方がいいかもしれない。それでもまだ、われわれが五里霧中にいることを知られるわけにはいかないから」
いまやテンダーのサイズは通常の五倍だった。司令室も広大な部屋と化していたが、制御機器は拡大されていなかった。なんとも説明のつかない現象だ。
ラール人二名を巨大化したキャビンに収容した後、ナラが首席科学者にたずねた。
「超光速エンジンといっていたけど、カルプ・コンヴァーターのことかしら?」
「ほぼ確実に。おそらく、カルプを起動することで送り出しフィールド内のインパルス変調が促され、いわゆるイコライザーが機能しはじめるんだ。(12)これまでは、五次元エネルギー場の交点が正確に計算されていれば、送り出し効果は自動的に生ずるとされてきた。その点を、フィオラ博士とツルボシェヴスキー教授は見落としたにちがいない。ふたりの指示は矛盾してるし、混乱してる。まだ修正が可能か否かはさておいて、われわれ、やってみるしかない」
「言いたいことはわかったわ」と、ナラがやや不安げに、「危険ファクターはどのくらい?」
「非常に大きい。だが、いまの絶望的状況ではさして意味がない。やってみるべきだ。問題は、コンヴァーターがまだ機能するかだが」
「テンダーが周回軌道をはずれてしまわない?」(13)
「カルプは空転させるんだ、ナラ。推力を生みだす必要はなくて、余剰五次元エネルギーを送り出しフィールドにまわすんだよ」
「どうして? あの大食らい(14)にはすでに超空間からじゅうぶんなエネルギーが送り込まれているはずよ。それに比べれば、カルプが生成するエネルギーなんて微々たるものじゃない?」
キラン・ベイは肩をすくめた。
「わからないんだ! すべてが一見非論理的で、ノーマルな悟性では理解できそうにない。ある推論は別のと矛盾するし、ひとつの主張は前のとまるでちがって聞こえる。だから、わたしに説明を求めないでくれ、ナラ。わたしには無理だ」
「ぼくもだ」と、グッキーが白状して、ダライモク・ロルヴィクにバトンタッチした。「あんたなら、いけるんじゃない?」(15)
「わたしはノーマルであるからして、無理」巨漢はそういうと、周囲を見まわした。座る場所をさがしたのだが、あいにく椅子は拡大されていなかった。(16)「いいかげん、何か食えるものをもらえんかね」
「あの御仁、考えることといったら食べることばかり!」(17)ヘルタ・ドレンと小声で言葉をかわしていたイルミナが断言した。「わたしは空腹なんて感じないわ!」
ナラが何かを言いかけたとき、だれも予期していないことが起こった。(18)
ソルと白色矮星の強い重力場が超空間から流れこむ膨大なエネルギーと結びつき、依然有効なアンティテンポラル干満フィールドとの関係上“時間反動”とでもいうしかない効果が生じたのだ。
それは人それぞれに異なる作用をおよぼし、四人のミュータントと十五名のテンダー要員は、数百万分の一秒のうちに散り散りとなった……。
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