無限架橋 / I 蜂窩の扉
Prolog. 時は流れ、すべてを孵す
「すべては定められたこと。
――1220年、〈それ〉の使者エラート、黒い箱を手渡して
きみは信じないし、信じたくもないだろう、ペリー・ローダン。
しかし、きみは無限への架け橋へと歩み、それを越えて進む。
きみに選択の余地はない。真実、これまでそれがあったことなどないのだ。
この贈り物を受け取り、正しく使うがいい。
さすれば、すべてがうまくいく」
新銀河暦1222年9月15日、太陽系の新たな第四惑星トロカンに異常が発生する。
地下に生じた構造変化をさぐるため急行した偵察艦《ポリアミド》は、荒涼たる“第二の火星”の地表を突き破って“それ”が出現するのを目撃する。
全長30センチメートルの、ドリルの尖端状の物体。
材質、分子構造ほか、あらゆる分析が不可能なそれは、常軌を逸した速度で成長を開始する。息をつめて《ポリアミド》の人々の見守る中、小さなドリルは、またたくうちに高さ1089メートル、直径489メートルの塔へと変じた。
そして、拡大を停止したそれは、次なる活動に移った。
しかし、自由テラナー連盟全権委員ジオ・シェレムドクと、タイタンの主席研究員ボリス・ジアンコフとを乗せた《ポリアミド》には、それ以上を観察することは、もはやかなわなかった。
謎の塔がトロカン全域にはりめぐらした力場の辺縁部にあった偵察艦は、その膨大なエネルギーの余波を受けて、一瞬のうちに爆発、消滅してしまった……。
10年近くにおよぶ、ヴォイドとヒルドバーン銀河への長征から《バジス》が帰還したのは、それからわずか半月後のことだった。しかし、ペリー・ローダンをはじめとする活性装置所持者たちに対する故郷の反応は冷たかった。
アプルーゼの死のクリスタルによって太陽系が死に瀕したとき、ハマメシュのインプリント中毒禍で銀河系が混沌としていたとき……すなわち、人々がまさに助けを必要としたときに、彼らはそこにいなかった。むろん、火星とトロカンを交換することで太陽系を救ったのも、ゴマシュ・エンドレッデの謎を解いてインプリント中毒の解決策をみいだしたのも、彼らに率いられた《バジス》の人々であったのだが……。
それでも、ギャラクティカーは、不死者たちの帰還を心から喜ぶ気持ちにはなれなかったのだ。そこには、徐々に隆盛しつつあったナショナリズムも影を投げかけていたかもしれない。
そして、なにより、トロカンを太陽系にもたらしたのは、彼らなのだ。未知のフィールドに包まれた、かつてのアインディの禁断惑星を。
ごく一部の例外をのぞいて、不死者たちのサークルは、帰るべき故郷を失っていたのだった。
マイルズ・カンターは、相対的不死者の中ではごく幸運な例外に属した。
タイタンの科学者たちは、ボリス・ジアンコフ亡きあと、彼らを導く知性の持ち主として、当然のようにマイルズの帰還を受け入れた。トロカンの秘密を解き明かすために、彼らは強力な個性を必要としていたのだ。
あらゆる探査の手を拒み、外界から隔絶したかに見えた第四惑星圏だったが、光学的な経路だけは残されていた。慎重に配置された偵察艦からの望遠撮影がネーサンによる解析を経て、トロカンの映像を再構成する。
第二の火星は、常軌を逸した高速度で自転していた。
ドリル状の塔が発生させた力場は、一種の時間フィールドであるらしい。トロカンでは、外界の数百万倍で時間が流れているのだ。
こうして、力場は名前を得た。
クイックモーション・フィールドと。
外界ではわずか1年足らずのうちに、トロカンでは400万年が経過し……生命が誕生していた。
クイックモーション・フィールドの外でも、時は流れる。
自由テラナー連盟も、時代の潮流と無縁ではなかった。第一テラナーの選挙では、かつて二度にわたるヴォイド遠征を援助したコカ・スザリー・ミソナンが惨敗を喫し、その後を襲ったプロフォス人ブッデシオ・グリゴールをはじめとする歴代の国家元首は、コスミック・ハンザを解体・吸収し、右傾化の道を突き進んでいく。
1229年には、老朽化した《バジス》が民間に払い下げられ、巨大カジノに改装されるというニュースが巷を騒がせた。人類は過去と決別しつつあった……それも、むしろネガティヴな意味で。
アルコンでは反動的な帝政復古をかかげた〈水晶帝国〉が建国され、女帝アリガI世のもとM-13を中心に1万近くの世界を支配下に置いた。
テラ、アルコンの両大国に対抗するため、非ヒューマノイドの多くが惑星ラグルンドで会盟し、同盟をむすぶという事態も生じた。この第三極は〈フォーラム・ラグルンド〉と呼ばれることになる。それが単なる利害グループ以上のものであることは、例外的にアコン人とアンティが加盟していることからも明らかだった。
ギャラクティカムは有名無実と化し、議場ヒューマニドロームは衆愚政治の体現へと変じた。
ペリー・ローダンは、10年余りにわたって、ヴォルタゴの予言した〈無限への架け橋〉を探しつづけていた。偉大なテラナーを中央政界から遠ざけておくための方便として、LFTから遠距離宇宙船《ブーメラン》をはじめとするさまざまな援助が与えられつづけてはいたものの、ローダンの気は重かった。
混迷する銀河系は、むしろ最悪の事態へむかって駆け足で進んでいくかのようであった。人々の心が見失ってしまった何か……。それを、誰かが指ししめすべき時がせまりつつある。
無限への架け橋は、それが彼の運命ならば、いずれおのずと出会うことになるだろう。
1235年、ペリー・ローダンは《ブーメラン》をLFTに返却した。すでにあらゆる公職を退いていたテラナーは、改めて自由の身となった。
そして……不死者たちは、いずこかへと去っていった。
5年後には、タイタンで研究に没頭するマイルズ・カンター以外の活性装置所持者がどこにいるのか知る者は、誰ひとりとしていなくなっていた。
新設されたテラ連盟サーヴィス(TLD)のチーフ、ジア・ド・モレオンは、極秘裏に追跡調査をおこなうが、イホ・トロトの残したというメッセージ以外、何ひとつとしてつかめなかった。曰く――
「わたしは“キャメロット”へ行く」
キャメロット――。
いまはまだ、誰も口にしないその名……。ド・モレオンには、それが銀河系にむけたペリー・ローダンのメッセージであるとしか思えなかった。
キャメロット運動も、けっして順風満帆というわけではなかった。
財政面の問題は、ホーマー・G・アダムスの設立した通商組織タクスイットによって解消された。しかし、人的リソース不足は一気に解消できるものではない。
1238年にはマイクル・ローダンとジュリアン・ティフラーが炉座銀河で消息を絶つという事件も生じた。ふたりの乗っていたスペースジェットは、近接する星系から数光年も隔たった虚空のただなかに空のまま浮遊していた。戦闘の形跡はなかった。ふたりがどこへ、どうやって“去って”いったのかは、謎のままに残された。
ロナルド・テケナーとダオ・リン・ヘイはもっぱらハンガイにひきこもりがち。
アトランは、故郷の反動主義に対抗するレジスタンス組織〈イプラサ〉の活動に傾注している。
科学的バックボーンを提供するマイルズ・カンターにしても、トロカン問題があるかぎり、タイタンを長期間離れるわけにはいかない。
キャメロットは人材を必要としていた。心に憂いをいだき、時代と戦う勇気を持つ人々を。
そうして、銀河系の各地に“ビューロー”が設置された。
新銀河暦1278年。
惑星シガの住民が謎の集団失踪を遂げてから23年後、テラではパオラ・ダシュマガンが第一テラナーに選出される。
比較的“穏健派”の彼女は、極度に緊張した銀河政治の舞台で、自分を強力にバックアップしてくれる人材を求め……数十年ぶりにLFTコミッショナーを任命することを決定した。そうしてネーサンの選び出したのが、キストロ・カンであった。強烈なカリスマを持つカンは、たちどころにLFTを掌握していった。
その彼が行き当たったのが、未知の人材流出であった。
テラの有する最優秀の人々が、ある日いずこかへと姿を消してしまう。TLDの必死の捜索にもかかわらず、その行方はしれなかった。
それどころか、TLDの監視下にある――優秀ではありながら――“反体制的な”人材までが、ひとりまたひとりと消息を絶つのだった。
彼らはどこへ去っていくのか?
――キャメロット。
それがどこにあり、どんなプランを秘めているのかは誰も知らない。
しかし、いまでは、誰もがその名を知っていた。
ペリー・ローダンの作り出した“平和の島”キャメロット!
1288年10月12日。
太陽系の人々は、この日、二重の驚きを体験することになる。
トロカンは、この66年間、絶えず監視下に置かれてきた。クイックモーション・フィールドに包まれた惑星では、すでに数億年が経過し……そこに生まれた生命は、文明を築く知性体へと進化していた。
現在、テラの旧暦19世紀に相当するそれが、やがてテラを追い越していくことは予想に難くなかった。それこそが、クイックモーションの目的なのか? 圧倒的技術力をもって、太陽系を征服することが?
しかし、そうはならなかった。
まず、トロカン上で、6次元エネルギー性の爆発が探知された。蒸気機関の段階であるトロカンの種族には不可能なレベルであるから、おそらくはアインディの古い貯蔵庫が、不用意な取り扱いから爆発したのだろうと推測されたのだが……。
それを合図としたかのように、クイックモーションはみるみるうちにゆるやかなものとなっていき……やがて、消滅した。
66年ぶりに――あるいは、24億年ぶりに――トロカンは通常時間平面に帰還したのだ。
ただちに非常事態が宣言され、第四惑星圏は禁断宙域に指定された。キストロ・カンも旗艦《ペーパームーン》で急行する。
そのとき……かつての冥王星軌道に、1隻の宇宙船が出現した。
これまで見たこともない、正十二面体の宇宙船は、《ペーパームーン》からの照会に応え、《ギルガメシュ》と名乗った。
指揮するのは、48年ぶりに故郷を訪れたテラナー、ペリー・ローダン。
いま、何かがはじまろうとしている……。