時間超越 -9- part1

ハヤカワ版, 誤訳

フォルツ著の「時間超越」、アラスカと、真偽双方のカリブソがからんで、いよいよ混迷をふかめていく第9章――なので、あるが。
えーと、これ……何語? と質問したくなるような、ものすごい文章が並んでいる。い、いったい、なにごとwww

とりあえず、一番すげかった、最初の*印までを、ざっと流そう。

■227p

ハヤカワ版:
 カリブソの超自我は捜索を終え、物理的肉体にもどる準備にかかった。
 いままで、このプロセスで問題が起きたことはない。
 だが、今回は帰還できなかった。
 超自我は虚空にとどまったままだ。
 肉体が死んだのである。
原文:
Callibsos Über-Ich hatte die Suche erfolgreich beendet und schickte sich an, in den physischen Körper zurückzukehren.
Bisher war dieser Vorgang ohne jede Zwischenfälle verlaufen.
Diesmal jedoch gelang der Rückkher nicht.
Callibsos Über-Ich stieß ins Leere.
Sein Körper war tot.

試訳:
 カリブソの超自我は実り多き捜索を終え、肉体への帰還にとりかかった。
 これまで、このプロセスは問題なくおこなわれてきた。
 だが、今回は帰還できなかった。
 カリブソの超自我は空を切った。
 かれの肉体が、死んでいたのだ。

erfolgreich があるので、「捜索を成功裏に終え」。なんらかの成果があったことは、後の文脈から読みとれる。
Leere は確かに、銀河間の虚空、とかに用いられる単語だが、この場合、stoßen ins Leere で「何もないところに突きあたる、空を切る、空振りに終わる」である。ここで「虚空」とやったため、あとの方で、カリブソが作った虚空、なんて表現が出現することになる。

ハヤカワ版:
 しばらくのあいだ、茫然自失の態で、死んだ肉体の上を漂いつづけた。この事実をうけいれることができない。この虚空はカリブソ自身が拡張したものだが、超自我がその“不存在の縁”から落下しそうになる。それを察知して、また言葉にあらわせないほどの恐怖にとらわれた……“意識の一端”でこの状況を“恐怖”ととらえたというほうが、より正確だろう。とはいえ、この“空間”では叫び声を発することもできない。虚空には、聴覚も視覚も存在しないのだ。
原文:
Eine Weile war nichts, nicht einmal Entsetzen. Callibsos Über-Ich schwebte über dem totem Körper, unfähig, diese ungeheuerliche Tatsache zu akzeptieren. Die völlige Leere, die sich in Callibso ausbreitete, hätte fast zu einer Verflüchtigung seines Über-Ichs geführt. Eine Zeitlang bewegte es sich am Rande der Nichtexistenz, dann machte sich der Schock bemerkbar. Er füllte Callibso aus und verlieh dem namenlosen Grauen eine neue Dimension. Mit jeder Faser seines Bewußtseins empfand Callibso nun die Schrecken dieser Situation. Der Raum, in dem das Über-Ich sich befand, ließ keinen Schrei zu, bot keine Möglichkeit zu hörbarer oder sichtbarer Klage.

試訳:
 しばらくは茫然自失の態で、おそるべき事実をうけいれることもできず、超自我は死せる肉体のうえを漂っていた。カリブソのうちにひろがった例えようもない虚無は、あやうく超自我を雲散霧消させるところだった。存在を失うすれすれの状態をすごして後、ようやくショックを自覚する。それがカリブソを満たして、名状しがたい戦慄に新たな広がりをあたえた。いまや意識のひとすじごとに、この状況のおそろしさが感じられた。超自我のいる空間では、叫ぶことも許されず、聴覚や視覚に訴えて嘆く手段もなかった。

前の段で、空振りを「虚空にとどまった」と訳した関係で、なぜか「超自我のいる空間=虚空」という発想が根づいてしまったらしい。おなじ Leere だが、ここでは明白に「胸中のむなしさ」である。むなしさの余り超自我をたもてずカリブソ一巻の終わりになりかけている(笑)
そこがわかれば、「不存在の縁」というのも、消えそうなところで持ちこたえたことが理解できるはずなのだが……。
また、意識の「一端」としている Faser は、「(繊維等の)一筋」ではあるのだが、原文だと jeder 付きなので、「意識を構成する糸の一本一本にいたるまで」が正しい。

※4/20追記:
大事なこと書き忘れてた。「茫然自失」の訳は、いいね。わたしじゃ、ちょっと出てこなかった。
直訳すると、「唖然とするまもないほど、しばらくはただ空っぽだった。」てな文章なんだけど。熟語として活用するような定型じゃないのが残念なくらい。いつもこう書ければいいのになぁ。

ハヤカワ版:
 死んだ肉体には、最後に感じた想像を絶する痛みがのこっていた。超自我は動かない。デログヴァニエンに帰還するたびに感じたよろこびは、もはや過去のものになった。
 使命達成を目の前にして、すべてが絶望の淵に沈んでしまったのである。
 もはや、この肉体にもどることはできない!
原文:
In seinem unbeschreiblichen Schmerz verharrte das Über-Ich wie gelähmt vor dem toten Körper. Vergessen war die frohe Erwartung, mit der es nach Derogwanien zurückgekehrt war.
Die Erfüllung, die in greifbare Nähe gerückt war, räumte völliger Hoffnungslosigkeit das Feld.
Er würde nie mehr in diesen Körper zurückkehren können!

試訳:
 筆舌に尽くしがたい痛みに、超自我は麻痺したように死せる肉体の前から動かない。デログヴァニエンへと持ちかえった、喜びあふれる期待感は忘れ去られた。
 手の届く距離にあった成就は、絶望にとって代わられた。
 もはや、この肉体にもどることはできないのだ!

痛みの由来は原文だけだとはっきりしないが、ここでは前段までに描写された内容を超自我が「痛み」としてうけとったと判断した。そのほうが、変に文章を分けるよりすっきりするし。
喜ばしい期待感――これが最初の、「実り多き」とつながってくるわけだが――を修飾している節(mit der 以降)は、過去完了形である。で、この節には「毎回」を示唆する単語はない。今回限定、願望成就しそうなので、期待大なのである。

■228p

ハヤカワ版:
 それでも、もう一度この殺された肉体に意識を集中させる。しかし、なにが起きたかはわからない。それに関する記憶はなかったから。つらい調査をつづけたが、結局、肉体の見えない部分もショックで破壊されたと確認できただけである。
 それでも、ひとつわかったことがあった。
 ここには、殲滅スーツを所有するテラナーがいる。
 正確には、この生物はカリブソの棲み家を訪れたのだ。たぶん、無意識のうちに、スーツの力によって導かれたのだろう。殲滅スーツに関する伝説を、あらためて思いだした。スーツは正統な所有者のもとにいたる道を見つけたら、自発的にそこに向かうという……
原文:
Callibsos Über-Ich war so stark auf den ermordeten Körper konzentriert, daß es die Ereignisse in der Umgebung noch nicht registrierte. Abgesehen davon, daß der Schock fast den unsichtbaren Teil seines Körpers vernichtet hatte, litt Callibso noch an den Strapazen der Suche. Er hatte sich mehr zugemutet, als unter diesen Umständen gut gewesen war.
Dabei hätte er sich alle Anstrengungen ersparen können.
Tatsächlich war es ein Terraner, der sich im Besitz des Anzugs der Vernichtung befand.
Dieses Wesen hatte gerade im Begriff gestanden, den Aufenthaltsort Callibsos aufzusuchen. Der unbewußte Vorgang war wahrscheinlich durch die Kräfte des Anzugs bewirkt worden. Callibso erinnerte sich an Legenden, die es über diesen Anzug gab. Wenn er eine Möglichkeit dazu fand, kam er seinem rechtmäßigen Besitzer auf halbem Wege entgegen.

試訳:
 カリブソの超自我は殺害された肉体に集中しすぎて、その周囲でなにが起きたのかをまだ認識していなかった。ショックが肉体の目に見えぬ部分を破壊しかねなかったことを度外視しても、カリブソはまだ探索の疲労に苦しんでいた。この状況下でよしとすべき以上を自らに課していたのだ。
 しかも、それらすべての労苦は、せずにすんだはずのもの。
 実際、殲滅スーツを所持していたのは、ひとりのテラナーだったのだ。
 それもちょうど、カリブソの居場所を訪れようとしていた。無意識のプロセスは、おそらくはスーツの力が作用したのだろう。カリブソはスーツにまつわる伝説を思いだした。そのための手段さえみつかれば、スーツは正統な所有者のもとにたどりつくという。

えーと、探索がんばりすぎて、まだまわりがよく見えていないようである(笑)
しかも、無駄にがんばりすぎたせいで、探し物がみずから懐中にとびこんできたタイミングを逸してしまったという……
「肉体の目に見えぬ部分」は「超自我」に置き換えた方がわかりやすいかも。
hätte ersparen können は接続法II式だろうか。「節約することができたかもしれない、できたはずだ」→しなくてもよかったのに、とした。

熟語 im Begriff stehen で、「まさに~しようとしていた」。で、これはどうやら、カリブソが探索のすえにつかんだ事実、であるようだ(どうやって知ったのかは、さっぱりw)。これだけ遠方まで探しにきてみたら、いまオレの家にむかってるだってー!?なのだ(笑)

熟語part2は entgegenkommen auf halbem Wege で、「中途で出会う、妥協する」。英語の歌でたまに meet me halfway とあるのと意味的にはおんなじ。上記文章の場合だと……「鉢合わせする」くらいが妥当な訳なんじゃないかと愚考するしだい。

ハヤカワ版:
 そのとおりのことが起こったにちがいない。スーツがテラの“運搬者”を導き、時間の井戸の輸送フィールドに侵入させたのである。このフィールド自体は、さまざまな大宇宙が共有していたから、侵入は容易だったはずだ。
 テラナーはデログヴァニエンに、必然的にやってきた。ここに一関連ポイントがあったため、“軽率”にジャンプしてきたのだろう。
 しかし、いまはかなりはなれた場所にいるようだ。
原文:
Genau das war jetzt geschehen. Die Kräfte des Anzugs hatten seinen terranischen Träger allmählich dazu befähigt, in die Transportfelder der Zeitbrunnen einzudringen. Diese Felder bestanden in vielen Teilen des Universums.
Zwangsläufig war der Terraner auf Derogwanien herausgekommen, denn hier befand sich der einzige Bezugspunkt für einen offenbar unüberlegt ausgeführten Sprung.
Mit dem Anzug hätte Callibso zum Verbund der Zeitlosen zurückkehren können.
Doch davon war er jetzt weiter entfernt als jemals zuvor.

試訳:
 まさにそのとおりのことが、いま起こったのだ。スーツの力が、装着したテラナーにしだいに及んで、時間の井戸の搬送フィールドに侵入を可能たらしめた。このフィールドなら、宇宙のあちこちに存在する。
 テラナーは強制的にデログヴァニエンに出現した。不用意におこなわれたジャンプに対する、唯一の関連ポイントがここにあったからだ。
 殲滅スーツがあれば、カリブソは“時知らざる者の同盟”に帰還できたはず。
 なのに、いまやその目標から、これまで以上に遠ざかってしまった。
下線は西塔による。

いや、なんでこの文章が削除されてるのよ?! そんなに訳したくなかったのか、Zeitlose ……。
“運搬者”に相当する原語は、この後、234pでシュミットにからんで1ヵ所だけ出てくるが、他は基本的に Träger ……「着た人、装着者」である。

■229p

ハヤカワ版:
 いずれにしても信じがたい状況である。
 超自我は異人を追ってカリブソの小屋に向かい……そこで“人形”を見た。では、テラナーがコンタクトしたため、この不吉な生命が目ざめたのか……
 人形はすぐに反応する。
 “これ”が本当に“生きる”つもりなら、カリブソの超自我が必要だろう……べつの表現をすれば、“魂”が。
 “カリブソ”の未来ははっきりしている。可能性はふたつしかない。いずれ超自我が完全に溶解するか、または自身が合成したこの肉体に住むか、どちらかだ。
原文:
Der unabwägbare Zufall hatte eine unerwartete Situation geschaffen.
Er hatte den Fremden in Callibsos Hütte geführt und ihn die Lieblingspuppe finden lassen. Dann hatte er sie berührt und auf diese Weise zu unheilvollem Leben erweckt.
Die Puppe hatte sofort reagiert.
Um wirklich zu leben, brauchte sie ein Über-Ich – eine Seele.
Damit war Callibsos Zukunft klar umrissen. Er hatte nur zwei Möglichkeiten. Er konnte warten, daß sein Über-Ich sich völlig auflöste, oder er mußte fortan in einem künstlich geschaffenen Körper weiterleben.

試訳:
 まったくの偶然が、予期せぬ状況をつくりあげたのだ。
 それは異人をカリブソの小屋へと導き、お気に入りの人形を発見させた。そうして、異人が触れることによって、人形は災いに満ちた生命へと目ざめたのである。
 人形は即座に反応した。
 真に生きるために、人形は超自我を――魂を必要とする。
 かくして、カリブソの未来は明確に描きだされた。可能性はふたつしかない。超自我が完全に融解するのを待つか、あるいは人造のボディに宿って生きるかの。

前の段落からつながって、「なぜ遠ざかったかというと、こーんな状況が生じたから」と読む方がすんなり理解できるだろう。このあたり、すべてがカリブソの脳内で事態の把握が進んでいくので、基本的に回想である。とうとつに超自我が移動して観察とか、時系列がぐちゃぐちゃになってるのになあ。

異人(アラスカ)を小屋へと導いた「それ」は、原語が er なので男性名詞が第一候補となり、前の文章の「まったくの偶然」であろうと推測される。
動詞 umreißen は「スケッチする」だが、同根の名詞 Umriß が「輪郭、略図」であることを考えると、「人生設計のスケッチが描きあがった(強制的に)」のである(笑)

……。
誰がいつ、どこで何を、なぜ、どのようにやっているのか。5W1Hって、わりと大切である。
それすらわかってない訳では、形だけ日本語でもワケワカメのは当然だよなぁ。

Posted by psytoh