時間超越 -9- part2
えーと、予定では、9章分は次回で終了。Zeitlose考やって、10章も3~4回かなあ。
終点が見えてきたようで、実際には5月まで食い込むことが事実上確定したので、ちょっとorz状態。
ま、まあとりあえずっ。今回は人形カリブソとのかみ合わない会話編。
■230p
ハヤカワ版:
「感謝するよ」と、くすくす笑いながら、「知ってるぞ。あんたの無知のせいで、こうなったんだよな」
原文:
“Ich sollte dir dankbar sein”, kicherte er. “Aber ich weiß, daß du aus Unwissenheit gehandelt hast.”
試訳:
「あんたに感謝するところなんだろうけど」と、小人は、きしし、と笑って、「でも、知ってるよ、無知から出た行動なんだよね」
相変わらず、文章を結ぶ aber を無視してるなあ。これを加味すると、感謝なんてしてないことになるんだが……。
ハヤカワ版:
「ちゃんと考えるんだ! わたしはカリブソが存続しつづけるための、最後の可能性なんだぞ! わたしを傷つければ、すべてが失われる。わたしの生命と、非物質化した残存物……つまり、魂と、どっちがだいじなんだ?」
原文:
“Überlege, was du tust! Ich bin die letzte Möglichkeit für den wirklichen Callibso, hierher zurückzukehren. Wenn du mir etwas tust, wird er endgültig verloren sein. Letzten Endes wird er ein Leben in mir der völligen Entstofflichung vorziehen.”
試訳:
「よく考えて行動しなよ! あたしはほんもののカリブソがここへと戻るための最後の手段なんだ。あたしになんかしでかしたら、やっこさん、今度こそお陀仏だよ。最後の最後には、完全に非物質化するよりは、あたしのなかで生きることを選ぶだろうさ」
letzten Endes は熟語として「最終的には」。最後の最後に、とやったのは、語感からの趣味といっていい(笑)
また、vorziehen A(IV格) B(II格) で、BよりAを選ぶ、となる。それを、どっちを選ぶ、と解釈しているんだろうか。
うーん、残存物とか魂とか、謎の自分解釈はよくわかんにゃいねぇ。
ハヤカワ版:
「ちいさな怪物というわけか!」と、吐き気をこらえながら、「それで……いまその人形が、本当にその役割を演じるわけか?」
原文:
“Du kleines Ungeheuer!” stieß er angewidert hervor. “Wer bist du wirklich – und welche Rolle spielst du?”
試訳:
「ちびの怪物め!」と、嫌悪が口をついて出た。「いったいおまえは何者で――どんな役割を演じているんだ?」
なになに、怪物の役割を演じるとか、そう読んだの? なんかすごい変化球な読み方してんなー。それとも、ここでも「超自我による演技設定」が頭をもたげたのかしらん?
ハヤカワ版:
「わたしはつまらない人形だった! つまらない実験につきあって……あのあばら屋に“住む”ことを許されたんだ!」
原文:
“Ich war immer nur eine armselige Puppe, mit der er herumexperimentierte. Dabei durfte ich die Hütte oben am Hang niemals verlassen.”
試訳:
「あたしは、やっこさんが実験をくりかえした、哀れな人形の一体でしかなかったとも! おまけに、坂の上のあの小屋を離れることも許されなかった」
この試訳だと、実験に使った人形がいっぱいいるようにも読めてしまう。でも、まあ、人形は千体単位でいるわけだし、いいか(をひ)
小屋を離れる(verlassen)ことが許可されない(dürfen + niemals)。外出禁止令の理由は、まあ今回の顛末を見ていればわかろう。
■231p
ハヤカワ版:
自分の似姿がほしかったんだ。危険な状況に乗りこんでいかないとならないから。姿を似せたのは、アイデンティティをたもつためだな」
原文:
Er wollte mehrere Ebenbilder seiner selbst schaffen und sie in gefährlichen Situationen einsetzen. Sie sollten ihm gleichen, ohne seine Identität besitzen.”
試訳:
自分のコピーをたくさん造って、危険な状況に投入しようってえのさ。アイデンティティを持たないだけで、自分と同等のやつでないとね」
察するに、これら人形も、“監視者”や“意識ある夢”とおなじく、殲滅スーツ探索のための方策としてスタートしたのかもしれない。メンタルディスロケーション能力に近いものがあったのかもなあ、カリブソ。(注:→ゴン=オルボン)
ハヤカワ版:
「どうも、告発のように聞こえるな」アラスカはそういうと、考えこんだ。さしあたり、殺人については不問にすると決める。もしかすると、理解しているつもりの状況が、見当違いなものかもしれないから。
それにしても、この死者、こうしてグロテスクな状況で終わりを迎えるような、大罪をおかしたのだろうか?
原文:
“Das hört sich wie eine Anklage an”, stellte Alaska fest. Er war jetzt wieder ruhiger. Der Mord hatte ihn zunächst völlig aus der Fassung gebracht. Vielleicht beurteilte er die Situation völlig falsch.
War am Ende der Tote schuldig für diese groteske Situation?
試訳:
「まるで告発めいて聞こえるな」アラスカはかなり落ちつきをとりもどしていた。あの殺人で、まったく度をうしなっていた。ひょっとしたら、状況にまったくあやまった判断をくだしているかもしれない。
結局のところ、このグロテスクな状況は、死者の責任なのだろうか?
schuldig は英語でいう guilty (有罪)だが、一般的には責任として使われる方が多い気がする。
あと、訳文みたいな構成になるには、so schuldig, daß ~な感じの原文になるんじゃない?
ハヤカワ版:
「それがほんもののカリブソなのか?」
原文:
“Wer ist dieser wirkliche Callibso?”
試訳:
「そのほんもののカリブソとは何者?」
訳文、文頭の Wer を完全無視だな(笑) ある意味とっても豪快だが……。ああ、230pの人形のセリフで、「ほんものの~」をカットしちゃってるから、つながり具合が悪くなってるのかな。
ハヤカワ版:
“永遠の同盟”
原文:
Verbund der Zeitlosen
試訳:
“時知らざる者の同盟”
訳文は、過去登場した Verbund der Ewigen のときの訳語そのまま。だいたいこの訳だって、「永遠人の同盟」になるはずなんだがな……。Ewige 単数だと男性名詞だし。
Zeitlose の訳については、別項目を立てて取り扱う予定。
■232p
ハヤカワ版:
「話を聞くんだ! あんたは恐ろしい殺人をおかした。わたしとしては、不安を払拭しておきたい。最後はわたしも殺そうとするんじゃないのか?」
「わたしには関心がないんだな」と、人形がうなる。
「大群のことを話しただろう?」転送障害者はいささか混乱しながら、
原文:
“Ich will, daß du mir zuhörst! Du hast einen grauenvollen Mord begangen. Wie kann ich sicher sein, daß alles stimmt, was du mir erzählst? Am Ende wirst du versuchen, mich auch noch umzubringen.”
“Du bist mir gleichgültig.”
“Dieser Schwarm, von dem ich gesprochen habe”, fuhr der Transmittergeschädigte unbeirrt fort.
試訳:
「話を聞くんだ! あんたは恐ろしい殺人をおかした。そのあんたの言うことが、ぜんぶ正しいと、どうして納得できる? 最後にはわたしも殺そうとするかもしれない」
「あんたには興味ないね」
「いま話した大群のことだが」転送障害者は惑わされずにつづけて、
訳文、なんだか人形がスネているようで笑える。ないがしろにされているのは、むしろアラスカの方なんだけどねw
■233p
ハヤカワ版:
アラスカは目眩をおぼえながら、
原文:
Alaska hatte das Gefühl, sich im Kreis zu bewegen.
試訳:
アラスカは堂々巡りをしている気分だった。
木村・相良でも sich im Kreis bewegen は「回転する、循環する」だが、語義的には nicht vorwärts kommen ……「前に進まない」なので、「堂々巡り」と訳した。このへんは、昔の〈警告者〉がらみの経験からでもある。
まあ、ぐるぐるまわる→目がまわる、という判断は、そんなにまちがってない気もするんだが(笑)
ハヤカワ版:
ほかの世界で活動する場合は、わたしの姿を好んだ。
原文:
Wann immer er auf Welten zu tun hatte, sah er aus wie ich jetzt.
試訳:
ほかの世界にかかわるときには、ちょうどいまのあたしと同じ姿をとったものさ。
真・カリブソの偽装(擬態?)が、人形カリブソの原型である。
ハヤカワ版:
「最後に成功するところだったわけか」と、テラナーは考えながら、「だが、結果的にそうはならなかった。もう一歩のところで、あんたが殺したから……カリブソはどのくらい、ここに滞在していたのだろう?」
原文:
“Das ist ihm offenbar endlich gelungen”, sinnierte Alaska. “Allerdings kann er sich seines Erfolgs nicht mehr freuen – du hast ihn vorher umgebracht. Wie lange lebte er schon hier?”
試訳:
「ついにそれに成功したわけだ」と、アラスカは思案しつつ、「もっとも、その成果を祝うことはできなかったが――その前に、あんたが殺したから。かれはどのくらいのあいだ、ここで暮らしていたのだろう?」
成功したのかしないのか。最初のスタート地点からちがうので、後半が変わるのは、当然といえば当然だが。なぜ変えるんだ、スタート地点www
個人的には、なんもかんも三点リーダーというのが、一種生理的にイヤなんだよね。しかも上記の訳文だと、ハイフンの個所は普通に文章切ってしまって、別の文章と三点リーダーでつなげているという。うーん。
ハヤカワ版:
「いいタイミングの質問だ」
原文:
“Das fragt du ihn am besten selbst”,
試訳:
「そいつは自分で訊ねるがいいさ」
それを・訊ねる・あなたが・かれを・最良・自分で。一瞬、訳文でよさそうな直訳語列(謎造語w)だが、よくよくみると、そこには時間に関する要素はない。
……。
時間が足りないんだろなぁとは思うが……この翻訳、胸はって「わしがやった!」って言えるのかね。頼むから、「すんません、わしがやりました…」みたいな代物にはしないでにゃ~。
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