テル女:誤訳チェック (3)
さて、3回目はカラジアン編の最終回、アーカイヴ操作センターのドンパチ・シーンである。
データの「吸出し」がすべて「受信」になっていたりするが、そのへんはさておいて。
原文と内容にゴッドハンドな隔たりがあるのを2箇所ほど。あとはついでである。
ハヤカワ版:(p156)
最後の接続も、まもなく完了するはず。原文:
Schon nach wenigen Augenblicken hatte er die letzten Anschlüsse hergestellt.
試訳:
まもなく最後の接続も完了した。
接続が終わった=変な考えを起こす余地がなくなった。なので、ヘイセルは部屋を出ていくのだ。
ハヤカワ版:(p157)
通廊を抜けられない以上、戦闘が終わるまで、そこで待つしかなかった。原文:
Er hatte keine Wahl, als hier zu warten, bis der Kampf, über dessen Ausgang keine Zweifel bestanden, beendet war.
試訳:
結末のわかりきった戦闘が終わるまで、ここで待つ以外に選択肢はなかった。
Ausgang は「出口、結果」で、この場合は、「そのAusgangについて疑いの生じることのない」戦闘、という風にかかるので、物理的な「操作室からの出口」ではなく、戦闘の結果・結末を意味する。物量からして、負け戦は確実、なのだ。
ハヤカワ版:(p158)
クロノグラフ原文:
Zeitmesser
試訳:
時計
まあ、ローダンには 時計 Uhr という単語自体、それほど登場しないのだが。
計算機(脳)→ポジトロニクスみたいな特殊な例はともかく、電子→エレクトロンみたいな無理やりな変換はどーかと思う。これも、クロノメーターだったりクロノグラフだったりするけど、たいていツァイトメッサー(時間計測器)だから、ふつうに時計でよさげ。
さて、ここで、この場面の状況を思い出していただこう。
・カラジアンが、定時をすぎて違法残業をおこない、アーカイブセンターに潜む。
・ヘイセルら竜騎兵が、開かない扉に業を煮やして爆破・侵入。
・データのダウンロードには徹夜と言われて、ヘイセル「この部屋を防衛する」と宣言。
・外の通廊から銃撃音。
・ドンパチを潜り抜けられそうにないので、センター操作室でカラジアン泣き寝入り。
ハヤカワ版:
自分が操作室にひとりでいるということは、竜騎兵たちがまだ立ちふさがっているのだろう。原文:
Die Tatsache, daß er sich noch immer allein innerhalb des Schaltraums aufhielt, ließ ihn vermuten, daß die Dragoner standgehalten hatten.
試訳:
自分が操作室にひとりきりということは、どうやら竜騎兵たちは持ちこたえたらしい。
持ちこたえたと、推察させる、が直訳。結末(負け)は確実と考えていたから、すなわち【防衛中】のはず。
だから、ここは実は誤訳ではない。くりかえす、防衛中のはずである。
ハヤカワ版:
ヘイセルたちが撤退したとは思えなかった。原文:
Callazian konnte sich nicht vorstellen, daß die Angreifer aufgegeben und sich zurückgezogen hatten.
試訳:
攻撃サイドがあきらめ、撤退したとはカラジアンには思われなかった。
ここで防衛と攻撃がパラダイムシフト(笑)
そもそもヘイセルたちは撤退しようにも、銃火の応酬は、這い出るすきもない、とカラジアンがひきかえしたくらいである。まして革命兵士なんて言ってみれば狂信者なので、死守、が前提のはず。
自分がまだここにいる→ヘイセルたちはもちこたえた→攻撃側(体制側)があきらめるはずがない→なんで静かなんだろう、と続く。
ハヤカワ版:(p159)
「ここにいろ」原文:
“Sie werden gleich hier sein”, sagte der Dragoner.
試訳:
「すぐに、やつらが、来る」と、竜騎兵。
この場合 Sie は三人称複数の sie「彼ら」= Angreifer である。
カラジアンに「ここにいろ」と言ったわけではない。
他の原文を見ればわかるが、ソベル人は互いに呼び合うときに尊称 Sie は用いず、du を使う(命令形なら、”Du bleibst hier!”)。そもそもカラジアンを指しているはずがないのだ。
※2019/06/23 ハヤカワ版抜粋追加
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