誰がフクセン殺したの?

ハヤカワ版, 誤訳

私的脳内では、原典であるマザー・グースより、明らかにクック・ロビン音頭の方の比重が大きいのだが。そーれ、ぱぱんがぱんっ。
とはいえ、今回の話題は、「ご先祖っ」「子孫っ」がしっ――ではなく(笑)
ハヤカワ版431巻『脳搬送』後半「時の氷風」の、質問を受けて調べた結果、大爆笑した個所について。
いちおう、次巻以降のネタバレを含むので、おイヤな方はここでさようなら。
9/1 わかりにくいとのご指摘をうけ、後半大幅修正。
ハヤカワ版:P184参照のこと。

原文:
Eine Frau!
Zweifellos war es eine Frau, eine sehr schöne und junge Frau in einem weißen, fast durchsichtigen Gewande, das bis zum Boden reichte. Durch den Stoff hindurch schimmerte ihre Haut bronzefarben, und Hotrenor glaubte sogar feine Spiel ihrer Muskeln erkennen zu können, so deutlich war jetzt das Bild.

試訳:
女性だ!
まごうかたなく女性だ、それも非常に美しく若い。白く、ほとんど透明な服を着ており、裾は地面まで届く。素材を通して、彼女の肌がブロンズ色にきらめいた。筋肉の微細な動きまで見てとれそうだ、とホトレノル=タアクは思った。それほど今回の映像は鮮明だった。

女性だ! すけすけだ! ぴっちぴちやでぇ! ホトレノルさんあんたも好きねえ(笑)
……げふんげふんw おおよそ、そんな描写なわけだ。
ダールトン先生、異星人であるホトレノル=タアクの視点で語るにあたり、「テラナーじゃないけど美醜はわかる」とか、いろいろ手をまわしている。むろん、ラール人もヒューマノイドだから、そんなに造形が変わるわけではないのだけれど、あえてわざわざここまで露骨な描写をしてくれているわけである。だから、ホトレノルさん、ちょっと変態さんぽいくらいに、連呼しているのだった。

さて、ここでお手元のハヤカワ版P184を開いていただきたい。
「女性だ!
まちがいなくテラナーの女だった。」と、訳してある。
しかし、原文を見れば、ドイツ語を知らなくともわかる。「テラナーの女」なんてどこにも書いていない。そもそも、書くはずがないのだ。
そりゃそうだ。だって、この女の人、テラナーじゃないのだもの。
ヴィング人女性デメテルさんの、本邦初公開シーン……なんだけど。
訳者さんがよけいな単語がつけくわえたおかげで、なんの伏線にもならないのであった。

そもそも、「訳者さんは、nicht(英語でいう not ……「でない」)をうっかり翻訳し忘れたんではないかな? “まちがいなくテラナーの女ではなかった”なら話が通じるんだけど」という質問をうけて、原書をひもといてみたのだった。
しかして、その真相は……そんな単純なうっかりじゃなかった。
事態は、あまりに予測の斜め上すぎる方向へ進んでいたのであった。

いくらダールトン御大だからといって、日に焼けた美少女のグラビアシーンを、意味もなく挿入しているわけじゃないのだ。
ここでブロンズの肌の女性、すなわち異星人がテラの遠い過去にいたと語る。そうして、この異星人女性が、すぐ次の巻で登場する……そういう流れなのである。
しかも、この「時の氷風」後半でも、「難破した異星人」「デメテル! デメテル! と連呼する現住種族」とか、いくらでも「テラナーの女」を否定する要因は存在するのだ。

よもやこの段階で、「デメテルがライレの〈目〉探索のためアルグストゲルマート銀河から派遣されてきたヴィング人女性である」ことが、翻訳チーム内で情報として周知徹底されていないとは、言わないよねえ。
訳者さんも、チェックした編集さんも、少しは連想……というか、日本語の読解力を働かせてちょうだいな。

Posted by psytoh