The rise and fall of Siqim Malkar

ローダン

――あなた様にお仕えできて、わたくしは幸せです。
《惑星アホアナの元農夫、バンダル》

収縮しつつある宇宙。
決定された滅亡。約束された再生。
秩序と混沌の天秤は、与え、そして奪う――。
シェラ・ナール銀河の王、シリクジム。
彼に与えられた新たな名は、〈七日目の主〉を意味する――
SIQIM MALKAR

プロローグ 農夫バンダル  Bandar, der Bauer

 耕地グライダーのキャノピーから、バンダルはアホアナの大地を見渡した。
 北に向かえば、地平まで平らかな褐色の農地――その中にバンダルの土地もある――が続いている。南に目を転じれば、緑なす丘と、彼方にそびえる雪に覆われた高山が視界を埋める。
 バンダルは、世界を愛していた。
 本来なら、耕地グライダーで畝を切る作業は全自動でまかなえる。ふたりの妻と5人の子をもつバンダルは、農夫の中でも比較的裕福な部類に属する。みずから作業を逐一おこなう必要などないのだが……。
 太陽が中天高くかかった正午のひとときを、こうして過ごすのが、バンダルは好きなのだ。陽炎にゆらぐ大地を、牧神とニンフたちが駈けぬけていく――そんな気がした。
 だが、今日、バンダルの幻想を中断したのは、牧神などではなかった。
 銀色に輝く紡錘状の物体。グライダー前方の地表に浮かび、長軸にそって高速で回転している。
「――作業をやめて、降りよ!」
 アホアナの反対側にすら届きそうな、大音声が轟いた。どこから来るのか、確かなことはわからないが、あの紡錘以外考えられない。

 自由を愛するバンダルは、普段ならば、命令口調の相手を笑い飛ばし、仕事をつづけただろう。頑固な農夫なのだ。しかし、声の響きの何かが、そうさせなかった。かれはグライダーを着地させ、ハッチから外に出た。
 紡錘の回転がゆるやかになり、やがて停止した。それにともなって、光輝も静まった。
 そして、ひとりのアホアノが、姿をあらわした。
 パルバン帝国に住まう種族の中でも、アホアノは短躯で知られている。だが、その男はバンダルよりも、さらに頭ひとつ小さかった。侏儒と言っていいだろう。
 それでも、バンダルは畏怖に凍りついた。目が――銀河のはざまの虚空のように漆黒で冷たい双眸が、かれをとらえて放さなかった。

「わが名を知っているか?」侏儒が訊ねた。
 今回は、普通の音量だった。しっかりとした、よく響く声だ。
「いえ」
「よろしい。おまえはそれを知ることになるが、口にせぬよう気をつけるのだ」
「わたくしに何をお望みですか、閣下?」敬意をこめて、バンダルは訊いた。
「わたしは助言者と代行者を必要としている。そこでおまえを選んだのだ」
 バンダルは混乱した。
「わたくしに何を助言しろとおっしゃるのです、閣下? それに、何をわたくしにおまかせになると?」
「助言するのは、銀河戦略に関する諮問に対して」侏儒が答えた。「まかせるのは、わたしの立案した事項の実現だ」
「わた……わたくしは、銀河戦略についてなど、皆目存じません、閣下」バンダルは訥々と語った。「将軍どころか、兵士ですらないので……」
「おまえには悟性がある」と、侏儒がバンダルの言葉をさえぎって、「知るべきことは教えられる。グライダーはそのままでいい、いますぐにわたしとともに来るがいい」
 畏怖ももののかわ、バンダルの魂のなかで強情さが目をさました。
「閣下、わたくしには、ふたりの妻と5人のこどもがおります。何もかも放り出して、お供することは、かないません」
「おまえの妻子の面倒はみる」侏儒がいった。「城から連絡を入れて、十中八九、二度と会うことはないと説明してやれ」
「城……か…ら……」バンダルはどもった。
 そこで、突然、すべてが理解できた。バンダルは大地に身を投げ出し、両手をひろげて、ひれふした。動揺のあまり、聞き取れないほどの早口で、
尊き大公殿下オベ・アナンボタサル!」これは支配者に対する最上級の尊称である。「大公殿下をそれとわからぬなど、わたくしは不忠者です。何卒、御慈悲の光をくだされたまわんことを。数ならぬ身をつくしてお仕え申し上げます……」

 ……わたしの名はバンダル。かつては、シェラ・ナール銀河の惑星アホアナの一隅で、農夫としての生活を送っていた。
 だが、その日を境に、すべてが変わった。
 帝国最高の科学者たちが、ヒュプノ学習によって、わたしに政略・戦略・戦術・兵站その他さまざまな知識を植えつけた。知るべきことは教えられる――大公殿下の御言葉どおり、わたしは助言者として生まれ変わったのだ。
 そして、わたしは理解した。
 父君の逝去によってパルバン帝国の玉座を継いだばかりの大公ボタサル殿下は、シェラ・ナール銀河統一のため、新たな戦略を必要とされていた。それを立案する際の助言者として、わたしは選ばれた。タイトロニクスのネットワークが、帝国全臣民のなかから、適合者としてわたしを選び出したのだ。
 そして、尊き大公殿下オベ・アナンボタサルは、自らアホアナの一農夫のもとを訪れ、選択の正否を確認し、わたしを助言者に任じた。わたしはその期待にこたえるべく、すべてを捧げることを決意した。

 わが終生仕える御方は、シェラ・ナール銀河、パルパン帝国の大公ボタサル殿下。いみなをシリクジムと申し上げる。
 だが、後の――メーコラーの――人々は、わがあるじを、また別の名で記憶することとなろう。
 七日目の主シキム・マルカー――〈主ヘプタメル〉、と。


――君は戦いには勝利した。だが、心から欲するものは、わが掌中にある。
《ハンガイの支配者、アコス》 


シェラ・ナール南部星域の決戦。
時を同じくしてハンガイから襲来したハウリ艦隊との対決。
ロブダルとなったシリクジムの野望は尽きることがない。

だが、超知性体アイセルの力の集合体を襲った、
凶暴な〈ペンタル軍団〉の脅威に対峙したとき、
はじめての蹉跌がシリクジムに訪れる。


――あなたが望んだままの未来をその手にできるよう、願っておりますよ。
《瞑想教育プログラム、ポリトロス》 


帝国の統治をバンダルに一任し、惑星デリヤバールに隠遁するシリクジム。
だが、運命はかれに休息を許さなかった。
宇宙にひとつの噂が流れていた。
〈七強者〉の寿命が尽きようとしている。
そして、〈白き裂け目〉の彼岸の上位存在が、
天命を継ぐ新たな7人を選び出そうとしている、と――
だが、候補は8人いた。


――忘れるな。その力、誰にもらったかを……
《カオターク、クズポミュル》


愛を捨て、権を選択したシリクジム。
だが、宇宙の滅亡は、すでに決定されていた。
沈黙する〈白き裂け目〉の彼岸の上位存在。
あるいは憤慨し、あるいは絶望する強者たち。
たばかられたと考える彼らの前に、新たな力が顕現する。
無から出現した暗黒の柱は、人の姿へと変じ、
7人に新たな宇宙への再生を約束するが――!?


――わたくしは、殿下を糾弾するために参りました。
《過去の亡霊、エリンダル》


運命は〈七日目の主〉に、いかなる結末を用意しているのか。
そして、かれに忠実につきしたがってきた、
小さきアホアノ、バンダルには――?


おまえもか?
おまえも、わたしを裏切るのか?


新宇宙歴19343年、おとめ座銀河団で発見された、1隻の宇宙艇《ネリマク》。
乗員のいない船内におさめられていた、膨大な記録とは……。
本編に登場しなかったヘクサメロンの内幕を描いた惑星小説358巻のご紹介です。
Private Cosmos 2x (?)
The rise and fall of Siqim Malker
刊行未定!(をい


……という刊行物を準備していました、という〈無限架橋〉に掲載した予告記事。本文もけっこう書いたのよ(汗)
タルカン・サイクルの前日譚にして後日譚。ローダン正篇では回想シーン(戦闘中)のみの出演に終わったヘプタメルと、彼をとりまく人物たちの物語。
なお、練馬区ネリマクは、シリクジムが配偶者に望んで得られなかった、マルハイン銀河女王の名前。
NTRにざまあとか、どれだけなろう小説の悪役を先取りしていたのか…… >シリクジム

アプルーゼの時もそうだったけど、「この宇宙には超知性体は存在しない!」「宇宙のこちら側はすべて死の波動に侵蝕されている!」とかいって、わりと小さな宙域に限定されてるんだよね。まあ、壮大なスケール感は重要かもしれんけど。アイセルさんはどーなったのかにゃあ(棒読み

Posted by psytoh