ターミナス1話「時間跳躍者たち」

ローダン

4月21日に第1話「時間跳躍者たち」が発売された、全12話のミニシリーズ〈ペリー・ローダン=ターミナス〉。
新銀河暦1523年、太陽系外縁カイパーベルトでの発見から、ローダンが過去の事件を回想する――とともに、現在時でもその〈ターミナス〉に関わる事件が発生しちゃうんじゃないかな? みたいな予告については、すでに紹介した。
(→ ミニシリーズ:ローダン・ターミナス

現在判明しているタイトル:
 1. Uwe Anton / Zeitspringer / 時間跳躍者たち
 2. Dennis Mathiak / Flucht durch Terrania / テラニアの逃走劇
 3. Roman Schleifer / Konfrontation auf Mimas / ミマスでの対決
 4. Susan Schwartz / Kampf um Merkur / 水星の攻防戦
 5. Dietmar Schmidt / Im Sonnenpalast / 太陽宮にて
※太陽宮はノスモにあるダブリファの宮殿

すでに5月5日に第2話も刊行済みであるが、今回は第1話の要約をお届けする。

プロローグは新銀河暦1523年9月5日。
エッジーワス・カイパーベルトからの急報を受け、ペリー・ローダンはマーズ級巡洋戦艦《アラン・D・マーカント》で冥王星族の太陽系外縁天体オルクス(Orcus)へと駆けつける。

より規模の小さい小惑星との衝突の際、接近した艦艇が報告したエネルギー探知に伴い、ジョナサン・フォス(Jonathan Voss)教授率いる発掘チームがオルクスに赴き、明らかに人為的につくられた地下空洞を発見していた。そして――。
いまローダンが目の前にしているのは、輪になって浮遊する9つのオベリスクだった。強い投光器の照明を浴びながら、それは影を落とさない。各々2メートルほどの結晶体は、明らかに死んだサイノスが変ずるオベリスクであった。
秘密のしっぽをつかんだ時の、肌がぴりぴりするような、この感じ。過去、幾度も感じてきたそれが、背後にある何かに警報を発していた。太陽系に、サイノスの墓所? いや、これには何かそれ以上の意味があるはずだ。

そして、ローダンがオベリスクのひとつに触れたとき、それは起こった。活性装置のインパルスか、騎士のオーラの名残か。何か、ローダンだけの持つものにオベリスクは反応したのだ。
ローダンは、眼下にひろがる平原に連なる無数のオベリスクを見た。そして、オルクスを見たときから感じていた、かつてここに来たころがあるという感覚とともに、記憶が押し寄せてきた。たそがれの人類が、奈落の縁をのぞき込んでいたあの時代の――。

そうして、物語は過去へと転じる。西暦3430年10月30日。

ジュキ・レアン(Juki Leann)は、対探知偽装に特化した宇宙艇《ウーガン=237》乗員で、ひそかに誘導された太陽系外縁天体の一群にまぎれ、ソル星系への潜入をもくろむダブリファ帝国の秘密諜報機関〈黒のガード〉の一員である。乗員はわずか3名。反テラ連合の攻撃にそなえ、ソル系全域にはりめぐらされる可能性が高いパラトロン・バリアの操作ステーションの所在をつきとめ、破壊すること。それが《ウーガン=237》の任務だった。
潜入は順調に進行していた。入国審査機関のある冥王星軌道をやりすごし、オルクスに最接近するまでは。艇を猛烈な衝撃が襲い――何が起こったのか。船が透きとおるような錯覚を目にして、レアンは意識をうしなった。

警報サイレンが鳴り響く中、目をさましたレアン。からだが動かない――艇内の気温は211度――防護服のバリアが自動的に起動されていなければ、とっくにおだぶつだった。同僚のダレン・ジタラ(Darren Zitrra)はそこにのびている――艇長は?――いた。やはり倒れている……!?
ヴロト・グリブセン(Wloto Gribsen)の肉体は、揺らいでいた。透きとおるように――溶けるように――そしてまた元に戻る。年賀式典のエフェクトみたいに、金と銀とに輝いて。
何が起きているのか。テラナーの新兵器にやられたのか? ようやく起き上がっても、グリブセンが発する放射性衝撃前線――と、防護服のポジトロニクスは言う――のため、近づくことすらできず、2人は上官のからだが完全に透きとおり、分解するまで見守るしかなかった。
シュヴァルツシルト反応炉も暴走しており、あと1時間も経ずして、2人の防護服のバリアも息をひきとるだろう。テラナーに救助を求めることも矜持が許さず、もはや死を待つだけと思われたとき、パッシヴ探知が1隻の宇宙船の接近を告げた。黒い球形船……憎きテラナーの同盟者、ハルト人だ!
ジタラはむしろ死出の道連れにしてやると意気込むが、戦闘服を身につけたハルトの巨人に対抗できるはずもなく、パラライザーの掃射を浴びせられた工作員2人はまたしても意識をうしなうのだった。

意識を取り戻したレアンたちは、見知らぬ部屋にいた。まちがいなく、テラナーたちにつかまったのだ。装備も取り上げられ、どれだけ時間が経ったのかもわからない。
兵士に連行された2人は、奇妙な仮面をつけた男の尋問を受ける。情報漏洩を阻止するため、工作員といえど侵攻のタイムテーブル等は知らされていない。無論、知っていることとて話すつもりなどこれっぽっちもなかったが。
仮面の男――アラスカ・シェーデレーアと名乗った――は、自白剤もヒュプノ銃もあるので、できれば自発的にしゃべってほしいとうながすが、激高したジタラはにべもない。肩をすくめたシェーデレーアは、拘束フィールドで動けないジタラに自白剤を投入。フェロル経由の偽装貨物船で太陽系に接近し、1週間ほど前に射出されてから、母船が牽引ビームで誘導した小惑星群にまぎれてオルクス近傍までたどりついたこと、3人目である艇長が不可解な状況下で分解したことなどを吐かされた。

尋問がひとまず終了し、独房へ戻されたジタラは奇妙な悪寒を感じた。自白剤の副作用か? 地面に沈み込むような感覚に抗いながら、工作員は気をうしなう。

インペリウム・アルファの一室で、シェーデレーアは尋問の結果を、直属の上司である太陽系帝国秘密情報局長官代行、テゼン・サディノハ(Tezen Sadinoha)へ報告をおこなっていた。工作員たちは知らないが、すでに反テラ連合の8万隻の艦隊はソル系攻撃を敢行し、謎の爆発とともに目標が消滅していたという事態にとまどっている。実際には、アンティテンポラル干満フィールドを張りめぐらしたソル系は、5分の未来へと逃れていたのだが。
そして、そう――《ウーガン=237》は、まさにATGバリアが起動されたその時刻に太陽系へと潜り込んできた。原因不明の現象は、これとなんらかの関わりがあるのだろうか?
そこへ駆け込んできた警備兵が、敬礼して報告した。捕虜が2名とも、独房から消えました――。

秘密情報局長官ガルブレイス・デイトン、そして太陽系帝国大執政官ペリー・ローダンが――護衛と噂される、ダークブルーに染めた髪を最新モードで整えた美女、国立贋造対策工房チーフのタカヨ・スクライ(Takayo Sukurai)を伴って――到着して、サディノハから状況報告を受けた。記録映像では、具合の悪そうな捕虜2名が、まったく同時刻に、空間へ溶けるように姿を消す様子が確認された。
このタイミングでダブリファ帝国の工作員に逃げられることはまずい。非常にまずい。ソル星系はローダンとともに滅んだと、まだ反テラ連合の連中が半信半疑である今は。
工作員2名を“救助”したハルト人イホ・トロトはすでにインペリウム・アルファに到着している。ATGフィールドにかかわる謎の解明には、第一科学評議員であるジェフリー・ワリンジャーの意見を求めたいところだが、彼はまだ水星で起動に成功したばかりのATGの微調整から手が離せない。代わりに6次元現象の第一人者レニア・ビーバー(Renier Bievre)を派遣すると伝えてきたところだった。

寒い――凍えそうだ。目をさましたジュキ・レアンは弱々しく周囲を見渡した。独房、なのはちがいない。だが、何かが決定的におかしい。……扉が開いているのだ。
罠か? 太陽系秘密情報局の偽装工作で、どこかへ誘導されているのか?
そもそも、ここはどこだろうか。おそらくは、インペリウム・アルファ。ソル星系でも最高の警備度を誇る、権力の中枢。……なのに、どうしてまるで人の気配がないのだろう。
ゆっくりと独房を出る。誰も阻止するものは現われない。監獄の出口にも、保安シャッターも閉まっていなければ、反撥フィールドもエネルギー・バリアもなかった。非常灯の明かりをたよりに進むと、やがて壁に案内板がみつかった。やはりインペリウム・アルファだ。なのに、本来何かあれば400万の市民を収容できるようになっていたはずのこの施設で、ここまで誰にも遭遇していない。警備ロボットもいなければ、ID確認すらない。
反重力シャフトは生きていた。地上部分まで出たところで、コミュニケーション端末を起動してみる。動いたが、データ回線が死んでいるのか何も表示されない。
駐機場にとまっていたグライダーを調べてみる。どうやら、動かせそうだ。何の保安措置も講じられていないのが、かえって薄気味悪かったが、思いきってスタートした。

テラニアは記憶の中のものとはまるで変わりはてていた。インペリウム・アルファ同様、人気がない。高層ビルの多くには、破壊の跡があった。道路には瓦礫が積もっている。
グライダーの探知機が、生命反応を告げた。数十人が一ヵ所に集まっているらしい。そっと接近したレアンは、なにやらひとりの男が演説をぶっているらしい現場に遭遇する。聴衆たちの服は破れ、どこかぼんやりとして、男の話の内容もよくわかっていなさそうだ。多くの者は武装していた……鋤や熊手を武器といっていいものならば。
「わたしは50人委員会のハーパー・プローム。1年前、真なる天命が銀河系に下り、われらを脅かす太陽系帝国も、ダブリファ帝国も中央銀河ユニオンもカルスアル同盟も、すべては昔話となった!」
男の声に、レアンは耳を疑った。これは現実、それともパラレル・ワールドに迷い込んだのか?
「われわれはホモ・スペリオル、真なる浄化の徒。攻撃的な科学から、おまえたちホモ・サピエンスを解放し、健全なる農耕へと戻して……」
男の語る内容を否定するのに気をとられ、いつのまにひとりの少年がすぐそばまで来ているのに気づかなかった。驚いて飛びすさった時、隠れ場所から出て群衆の前に身をさらしてしまったのを悟ったが、もう遅かった。誰かのパンチがこめかみにぶつかって、世界は暗転した。

つかまって、鞭打たれた。意識を取り戻した彼女を、男たちは車につなごうとする。まだバランス感覚が戻っていない。戦闘訓練を受けた自分が、こんなところで……そう思ったとき、あの寒気がまたやってきた。自分のからだが、グリブセンのように透きとおっていくのを見ながら、レアンの意識はとだえた。

ジタラは目を見開いた。意識は瞬時に覚醒し、周囲を確認する。呑気に頭を振っているヒマなど、ストリートファイトに身を委ねていたあの頃にはなかった。3秒後には死んでいたはずだ。彼は生き延びた。今回も、生き延びるのだ。
あえて横たわったまま、様子を見る。警報がない気配はなかった。そして……扉が半メートルほど開いている。反撥フィールドも消えていた。ストリートで生きていた頃なら、跳びおきて走り出していただろうが、黒のガードとしての訓練がそれを押しとどめた。
ソル系内で彼らを捕らえたハルト人、イホ・トロトなら、自分をインペリウム・アルファへ連行したのではないか。権力の中枢にして、誰ひとり脱走したことのない大監獄だ。だが、ここは何かおかしい。
立ちあがり、扉に近づく。警報は鳴らない。タラも来ない。
尋問薬が残っているのか、からだの芯がしびれているような感覚があったが無視した。房を歩み出るが、まだアラームは鳴らない。牢の大半は埋まっていて、中にいる男女がこちらを見て何か言っているようだが、反発フィールドのせいでこちらには聞こえない。
罠なら罠でいい。逃げるチャンスがあるなら、失うものなどなかった。

あるいは、反テラ連合艦隊の攻撃がはじまって、インペリウム・アルファは混乱状態にあるのか。それぐらいしか思いあたるところがない。
一度だけ、ライトグリーンの制服を着た兵士と遭遇した。猜疑心もあらわに囚人服を身につけたこちらを見てきたが、「テストだよ、テスト」と、ぬけぬけと言ってやりすごした。なんとかなるものだ。
寒気が抜けきらない。まずは服を調達しないことには、表に出られない。
と、物音が聞こえて立ち止まる。男ふたりの声、荒い息、叫び。聞きなれた、戦闘時の声だ。
インペリウム・アルファのど真ん中で、戦闘?
首をつっこまずトンズラしろという心の声に、にやりと笑ってこたえると、ジタラは音の源へと接近した。
やはり、2人の男が取っ組み合っていた。ただ、その顔が……なんというか、人間のマスクをかぶっているような感じがして、どこか不自然だ。
一方が相手の首を絞め、壁に圧しつけたとき、ジタラは目を疑った。劣勢にある男の肉体が膨れあがったのだ。エルトルス人かオクストーン人のような、環境適応人間のそれへと。目の錯覚だろうか、互いにからだを突き放して、2人が離れたときには、もう元の姿にしか見えなかった。

不意に非常サイレンが響きわたった。監視カメラで、自分が独房にいないことがバレたにちがいない。気がつくと、あわや相手を絞め殺すところだった方の男がこちらを見ていた。その顔は、なんだか未完成というか、狂人のつくった人間のキメラみたいに思えた。
重たい装備をしょった足音が近づいてきた。戦闘中だった2人はパッと飛びすさると、足音と反対方向へ駆け去っていった。
ジタラも寒気を抑え込み、同じ方向へと逃げようとしたが、遅かった。
「いたぞ!」ほんの数メートルの距離からの声。「止まれ! さもないと撃つぞ!」それから、安全装置をはずす音。
典型的なテラナーだな……そう思いながら、からだ中にひろがった寒気に目の前が暗くなるのを感じ、工作員は意識を失った。

初めて大執政官を前にしたシェーデレーアが居心地悪そうにしているところへ、デイトンが2人のダブリファ工作員が“再出現”したことを告げに訪れた。まるで、姿を消したことなどなかったかのように……。しかし、女性の方は拷問でも受けたように背中に痛々しい傷を負っていた。
独房から医務室へと場を移し、再度の尋問の準備が進められているなか到着したのがワリンジャー推薦のハイパー物理学者、レニア・ビーバー教授であった。ほぼ40歳前後の、ダークブロンドの髪を辮髪に結った太鼓腹の男。顔の下半分を覆う髭はろくに手入れされた様子がなく、小さな縁なし眼鏡がひどくアナクロな印象を与える。
しかし、大執政官にすらつけつけと物を言うこの男は、その見てくれにも関わらず3年の軍隊経験を持ち、太陽系艦隊の特殊プロジェクトに協力するにあたっては大尉待遇の資格を有している。すでに水星からの道中で手に入るかぎりのデータの検討をすませており、必要な機材についても一足先に要請が届いていた。デイトンとシェーデレーアが工作員たちを尋問するあいだ、2人の病室の中間に位置する部屋でビーバー教授を囚人の“分析”をおこなう手筈となっている。
デイトンは、まず女性工作員からはじめた。ジュキ・レアン――ローダンは彼女を知っていた。彼女の母親はダブリファ皇帝と遠戚関係にあり、一時駐テラ大使を務めていたのだ。父親のことはわからない。そして、当面それは問題でもなかった。
レアンは比較的協力的で、デイトンに尋ねられるままに自らの体験を語った。あるいは、「太陽系帝国が滅び、三大星間帝国も昔話である」と聞かされたことにショックを受けているのかもしれない。ローダン自身も当惑していた。からっぽのインペリウム・アルファ、人の姿もまばらなテラ、退行した農耕文明……。すべては錯覚と片づけてしまいたいところだが、それではレアンの背中の傷の説明がつかない。

ビーバーは、囚人たちのからだが未知の6次元インパルスを放射していることを確認。イホ・トロトからのデータを基礎にした計算結果――《ウーガン=237》が、起動した瞬間のATGフィールドに突っ込んだ――との関連性を指摘した。時間の力が集中するポイントで何らかの多次元性相互作用が生じ、彼ら自身が二次的“芽”となり6次元インパルスの放射源となったものと思われる。またそのために、彼らのテンポラル・ポジションに散発的移動が発生している。
姿を消した――分解した――第3の工作員は、おそらく相互作用の影響がもっとも強くあらわれたもので……残る2人についても、遠からず同様の結末をたどるであろう可能性が高いものと推測された。

未知の6次元インパルスとは時間粒子とほぼ同義。そして、テンポラル・ポジションの移動とは、時間ジャンプ。ここまでの理論立てには、同席したイホ・トロトもうなずいた。彼も《ウーガン=237》と接触した際のデータから、ほぼ同様の結論を導き出していた。
ビーバーはさらに、時間粒子の収束にあたり、2人の工作員が双極をなしていると判断していた。2人の時間ジャンプは、まるで自然法則がバランスを取るように、互いに正反対の方向――過去と未来――に向かって生じるはずなのだ。
であるならば、レアンの見た、太陽系帝国が滅び去った世界は、錯覚でも並行世界でもなく、彼ら自身の未来かもしれない……。

ビーバー教授に求められた、計測機器の追加操作に手をあげたサディノハ提督は、指示されたボタンを押した後で、周囲に誰もいないことを確認すると、多目的アームバンドの通信機を起動した。
予想通り――時間ジャンプ――われわれの派閥にとり好都合――ローリン計画は予想外――ローダンはバカではない――目的のため、2人の身柄を確保――場合によっては、正体が暴露することになっても――。

翌10月31日。ローダンは自ら囚人たちと面会した。ローリン計画とATGフィールドのことは秘したまま、2人のからだに時間粒子が収束していること、細胞構造に影響を及ぼし、未制御の時間ジャンプがなされていることを告げる。医師団からの診断書を示し、治療のために協力を依頼する。協力――暗に、転向を指していることは、工作員たちには明らかだろう。
その頃、過去データを検索したネーサンが、3418年9月末に、ジタラが目撃したものとおぼしき事件があったことを発見していた。相争う男たちの映像は不鮮明で、一方は背後から撮影されて顔すら確認できない。だが、データには、何者かがそのエリアの監視システムを一時遮断したこと、それが復旧された際の映像がさきほどのものであること、そして、それを報告したものが、テゼン・サディノハであることが記されていた。とはいえ、所属不明の男に襲撃されたこと以外、サディノハにも付け加えることは何もない。事件は迷宮入りしていた。

しかし……ジタラの目撃情報が事実と確認されたことは、ビーバーの曰くシンメトリー効果理論にしたがうと、12年以内にレアンの見た未来がテラに、銀河系に降りかかるのを意味していた。ローダンは最高度の機密保持を命じた。今回の案件に関するデータの閲覧には、最高度のプライオリティを有する彼、太陽系帝国大執政官自身の許可が必要となる。
3418年の事件は、当時すでにインペリウム・アルファにいずこかの第5列が侵入していたことを示唆している。ローダンにはなぜか、その一件が、今回のできごとと何らかの関係があると思えてしかたなかった。

ローダンの再度の説得に応じ、2人のダブリファ工作員はそれぞれの体験についての詳細を語った。ダブリファ帝国をも崩壊に導く未来の謎とあっては――自白剤が存在することも考慮して――、沈黙を守っても意味がないと判断したという。
無論、ローダンたちとてその言葉を鵜呑みにはしていない。メンタル安定化処置を受けているのか、時間粒子の影響か、グッキーも2人の思考を正確に読み取ることはできないが、ダレン・ジタラが逃亡することしか考えていないのは丸わかりだった。
ジュキ・レアンについては、多少事情が異なる。ローダンの説得というより、彼女は自分の目で滅びの訪れたテラを見たのだ。ネーサンを含む情報ネットが瓦解しており、街頭には実際の日付等を表示しているスクリーン等も皆無だったので、実際にそれが12年後のことなのかはわからない。自らが鞭打たれたあの世界の到来を防ぐことは、あるいは何よりも優先すべきことなのかも……そんな動揺がレアンにはあった。

ともあれ、協力の対価として、2人は翌11月1日にミマスのメド・ステーションへ送られることとなった。ジタラなどは、いまなお、海王星の捕虜収容所――そんなものは実在しないのだが――へと送致されると信じていたが。

11月1日。囚人移送車に乗り込んだジタラは、直近の宇宙港であるアルデバラン・スペースポートが利用されると考え、脱走の機会はないかプランを練っている。隣に腰掛けたレアンは、護送にあたる秘密情報局員たちの武器の安全装置がはずされていることを見てとっており、試みるだけ無駄だと理解していた。
不意に響く爆発音。室内の明かりが消え、空調機のうなりもとだえた。何が起こった? 捕虜奪回を敢行するほど、テラに潜り込んだ工作員の規模は大きくあるまい。
暗闇で聞こえるのは、緊迫した互いの呼吸音だけだ……。

ENDE

Posted by psytoh