無限架橋 / I 蜂窩の扉
2 橋を渡り、武器庫へ
彼らを包む雲から抜け出すと、3人の前に、それは待っていた。
黒い丸太が連綿とつづく橋。材質は、一見してグラファイト。
その“丸太”を支える支柱は、どこから伸びているのが果ては見えない。
そうして、虚空にかかる“橋”が、どこへとつづくのかも――。
……無限への架け橋。
そこは宇宙。星々と銀河。創造と消滅。あらゆる事象が、いながらにして見てとれた。それはまさに、そのイミテーションをサンプラー惑星のひとつでヴァンデマー姉妹が目撃したという無限への架け橋だった。
ローダンがうながし、3人は歩きだした。
なぜか、彼だけは、ブリーやシェーデレーアの感じる不快感を共有していなかった。それどころか、奇妙なデジャブを味わっていた。テラナーは、ここに属しているのだ。
……サイバークローン、ヴォルタゴは、こう言っていなかったか?
「無限への架け橋は、ただきみのためにある」
橋の終点は、やはり奇妙な雲の中。それを抜けると、3人は広大なホールの中央に立っていた。背後には、銀色の輝く円蓋柱。
ここが、無限への架け橋の終着駅なのだろうか?
ホールを出たとたん、扉が閉ざされ、3人は帰還の道を封じられる。彼らは、否応なしに、この巨大な技術施設を探索せざるをえなくなった。
……まもなく、ローダンたちは、そこが銀河間の虚空に置かれた巨大な宇宙ステーションであることを知る。
しかも、かなりの過去に、核火災によって壊滅的な打撃をうけていた。あの円蓋柱のホールが無傷であったのが不思議なくらい、随所で災厄の傷痕が見てとれた。それ以降に誰かがステーションを訪れた形跡は皆無だった。
通路の壁に沿って散見される、アルコーブのようなくぼみのひとつに歩み入ったローダンは、自分の精神にさまざまな情報が流れ込むのを感じた。それは、銀河系の技術ではとうてい不可能な、超高速クローン培養装置に関する情報、映像、デモンストレーション……。
テラナーがアルコーブから後ずさると、情報流はとだえた。
核火災によって損傷をうけていないアルコーブは、どれも同様の機能をはたすらしい。このステーションは、まるで巨大なショウケースだった。
これほどの超科学を、無造作に展示しているのは、何者なのだろう?
格納庫には、未知の建造様式の宇宙船が1隻だけ。乗員の姿は――遺骸すら――なかった。この場所も、奇跡的に核火災の被害をうけてはいなかった。しかし、異質な文明のそれは、ハッチを開くことさえできない。
そもそも、互いに400万光年離れた2銀河の中間に場を占めていること以外、このステーションのポジションすらわからない現状では、この方向から脱出することは考えられない。
3人は、手分けして、さらに探索をつづけた。
アラスカ・シェーデレーアは、通廊のひとつで、奇妙な物体を発見する。
アメーバのような……生体物質? 生命? それはシェーデレーアが反応するより早く、その体にへばりついた。
アームバンドの無線機で助けを呼ぶいとますらなかった。
バランスを失い転倒したシェーデレーアを、アメーバが包みこんでいく。ぬるりとした感触が、のどを絞めあげるのを感じ……意識を暗黒が覆い隠した。
ステーションを探索する道で、アルコーブのひとつに歩み入ったブリー。
そこは、ローダンの体験した超技術の数々とは違っていた。そこで扱われている商品は……“戦士”だった。不用意にメッセージに応えたブルの眼前で、フル装備の奇怪な種族が出現する。
……アルコーブ内部で見せられる映像は、記録ビデオではなかったのだ。いかなる方法によってか、超マイクロ化された商品そのものが、このステーションには陳列されているのだった。
命からがら逃走し、ローダンと合流したブリーは、この“武器庫”の異常さを改めて実感する。彼のように偶然まぎれこんだ者に、なんの照会もないままに超兵器を与える――。ひとつまちがえば、はかりしれない規模の死と破壊をもたらしかねないではないか……。
シェーデレーアが無線での呼びかけに応答しないことに気づいたふたりは、半壊したアルコーブの生み出した戦士の不完全なコピーたちを撃退しながら、友の捜索を開始する。
やがて、通廊のひとつで、かれらはそれを発見する。
わずかに流動するアメーバ状の物体につつまれたシェーデレーアを!
薄い被膜の下で、シェーデレーアの胸がかすかに上下しているのを確認して安堵したのもつかのま、ローダンたちにも、謎のアメーバが襲いかかる。まもなく、ふたりのテラナーをも、シェーデレーアとおなじ運命が見舞った。
……意識をとりもどしたローダンは、何者かが自分を運んでいるのを感じた。1体のロボット。これまでで初めて見た、ステーションの“機能している”部分であった。彼とともに、ブリーもまた、ロボットに背負われていた。
あのアメーバはどこへ行った? おそらく、細胞活性装置の毒素などを中和する異物排除機能が功を奏したのだ。……では、シェーデレーアはどこだ?
その疑問に回答をみいだすより早く、ロボットが目的地に到着する。
そこは司令室。彼らが、あれほど探していたステーションの制御頭脳が、そこにあった。
「ようこそ、〈バオリン=ヌダの武器庫〉を手にすべき方よ! われらは永い間、あなたを待っておりました。しかし……来られるのが早すぎた……そして、遅すぎた」
ローダンは、面食らいながらも、円蓋柱のホールへの扉を開く指令を出させることに成功する。ほぼ同時に、半壊状態であった管制頭脳は活動を停止する。
しかし、その直前、ローダンは明滅するシグナルが、ひとつのシンボルを形づくるのを見た。
――蜂窩。
またも、ヴォルタゴの言葉がテラナーの脳裏をかすめた。
「……扉を左右に押しひらき、蜂窩の道を行き、柱を数えつ進むがいい……」
ステーションをわずかな振動が走った。
ローダンとブルは、格納庫から、あの宇宙船が跳び去っていくのをスクリーンに見る。乗員は……シェーデレーアしか考えられない。
友を捨て置き去るなどとは、シェーデレーアの流儀ではない。彼の身に、何が起こったのか? そして、あの船でどこへ行くつもりなのか。
答えを得る術は、いまのローダンにはなかった。
彼らにできることは、ただひとつ。
円蓋柱のホールから、架け橋をわたり、トロカンへ帰る。
バオリン=ヌダなる存在、あるいは種族の築いた、強大な力を秘めた武器庫には、また戻ってくる必要があるだろう。できるなら、多くの増援を伴って。
これが、無限への架け橋をわたる最初で最後の機会であるとは、ローダンには思えなかった。謎はまだ、提示されたばかりなのだ。