無限架橋 / I 蜂窩の扉
5 キャメロットへの道
ベデン星系第三惑星シュティフターマンIII。
新銀河暦以前からの歴史をもつ、かつての艦隊拠点。
そこはいま、LFTにも加盟せず、さまざまな勢力の空白地帯にあった。
そして、その衛星軌道をめぐる巨大な建造物――廃艦後、民間に払い下げられ、変わり果てた《バジス》である。
《プリティ・プレイド》からも逃走したクメログとブルーノ・ドレンダーバウムのスペースジェットは、その宇宙カジノへと接近しつつあった。
周到にポジションを隠蔽されたキャメロットだが、隠しきれない場所がある。
有能な人材を徴用するために銀河系内各地に設置されたビューローがそれだ。そのどれもが巧妙に偽装されてはいたが、キストロ・カンの補佐官であるドレンダーバウムは、TLDが突きとめたキャメロット運動の拠点すべてを諳じていた。
そのひとつが、ここ《バジス》に存在した。
ドレンダーバウムは旧知である部門長を介して、巨大カジノに潜入することに成功する。スプリンガーのエンゲレグは、ミマスでの事件すべてが極秘任務のための擬装だとの説明を受けいれた。
《プリティ・プレイド》の残骸を調査したTLDは、クメログと“人質”ドレンダーバウムが爆発前に商船を脱出していた事実をつかんでいた。しかし、この星のジャングルでふたりの消息をつかむのは不可能。そもそも、彼らはクメログの目標を予想すらしていないのだから……。
《バジス》のオフィス区画において起こった爆発事故は、カジノに逗留していた人々を騒然とさせた。だが、爆発の現場であるオーラフ・グリンジェンのオフィスがキャメロット・ビューローであったことを知るものはなかった。
そして、事故の直前に新たな名と素性を得てビューローを去った存在がいたことを知るものも、またいなかった。部門長エンゲレグの急死を事故とむすびつけて考えるものも。
すべてがブレーンデルから来た魔人による死と破壊のシュプールであることに、いまはまだ誰ひとりとして気づいてはいなかったのだ。
ハリネズミ船を駆る侵略者の存在を重く見たアトランは、自らヒューマニドロームに乗り込み、ギャラクティカムを動かして銀河系全域に統一戦線をはろうと試みたが、これは成功しなかった。
不死者たちに対するギャラクティカーの不信は、確かに根深かった。タングラー問題を、「権力の座への返り咲きを狙う活性装置所持者たちの陰謀」とする噂すら存在した。キャメロット計画の神秘性が、それをいっそう助長する。アトランの演説は、それでも人々を動かそうとしたのだが……。
すべてをくつがえしたのは、皮肉なことにアトランの同胞たるアルコン人だった。ギャラクティカム議場のただなかでのアトラン暗殺は、かろうじて未遂に終わった。しかし、水晶帝国の銀河評議員アタラヤのロソムを長とするアルコン使節団は、いっさいの協力をこばみヒューマニドロームを後にした。TLDのつかんだ状況証拠は、すべてがロソムこそ陰謀の首謀者であることを指し示していた。
そして、アトランもまた失意のうちにヒューマニドロームを去ることになる。
銀河随一の大国に成長したアルコンとの協調なくして、ギャラクティカムの統合はありえない。それは、タングラーたちを有利にするだけなのだが……。
おりもおり、テラから1万6000光年の距離にある球状星団きょしちょう座47から凶報がもたらされる。そこではいま、タングラーのハリネズミ船団が続々と超空間から吐き出されつつあった。
わずかばかりの偵察部隊が駆逐されるまでに時間はかからなかった。
しかし、それまでにカウンターは10万に達していた。
タングラー問題がヒューマニドロームを、銀河をゆるがしているころ。
オリオン星域に置かれた、カンターロ時代の古いロボット・ステーションが爆発、消滅した。しかし、それに大きな関心を寄せたものはいなかった。
ステーションはキャメロットの秘密連絡基地だったのだが。
そして、ステーションを破壊したのは、ビューローにおいてキャメロットに徴用され、秘密惑星へといたるテストの道程にあった2名の“新参者”だった。
ふたりはステーションを管理していたアンドロイドを改造して、目的地へといたるデータを引き出すと、連絡艇を銀河辺境へとむけた。
銀河系の周囲に散在する球状星団のひとつ、M-30。
セレス星系の2つの月をもつ惑星は、かつてはカンターロ支配に抵抗する人々が集う世界であった。ロワ・ダントンとロナルド・テケナーのもと〈自由商人〉を称した彼らは、太古の神話にならって、その惑星をフェニックスと呼んだ。
灰の中から蘇る、永遠の生命の象徴。
モノスが失脚し、銀河系を包むクロノパルス・ウォールが消滅するとともに、自由のために戦った闘士たちはそれぞれの道を行き、フェニックスはうち捨てられた。
しかし、当時とは目標はちがえど、おのが信ずるもののために戦う人々が、いままた、この場所に還ってきていた。
現在、惑星は別の名前を冠されている。
――キャメロット、と。
そこではいま《リコ》の持ち帰った“ハリネズミ”の分析が大車輪で進められていた。
生物学部門では、わずかな細胞片からハリネズミ船乗員の復元図が作られた。“ヴァイパライド”と仮称されたそれは、蛇から進化した種族を示唆していた。しかし、なぜ彼らが、まるで姿を他者に見せることが禁じられてでもいるかのように徹底的な集団自殺を敢行したのか、その手がかりとは到底言えなかった。
また一方、船の残骸の調査も併行して行われていたが、こちらは重要部分が完膚なきまでに破壊されていたため、成果は望めそうになかった。
それどころか、未知の駆動機関にしかけられた時限爆弾のため、ヴォイド遠征以来科学チームのリーダーを務めてきたキルス・モーガンを失う結果となった。炎上するエンジンは、《ギルガメシュ》からの牽引ビームで惑星間空間へと投棄され、それ以上の調査も不可能だった。
おなじころ、1隻の連絡艇が不慮の事故から北のボニン大陸山岳部に墜落し、新たにキャメロットに加わるはずであった貴重な人命が失われた。
多くの人々の心から、この小さな事件はまもなく消え去った。 だが、それがやがて大きなできごとをひきおこすことは確実。なぜなら……。
密林におおわれた山麓で、ひとりのミュータントが空を見上げていた。
ブレーンデルの魔人、クメログが。
彼とドレンダーバウムは、ボニンの密林に暮らしている半狂人の小屋に居をさだめていた。この男は、いまなおモノス時代の恐怖の中に生きている。モノスの傀儡たるカンターロたちが、自由の星フェニックスに侵攻してくる日をおそれながら。
弱エンパシー能力を持つドレンダーバウムには、彼の心に沿った物語を演出するのは容易なことだった。
男には、首都にひとりの娘がいた。それが、彼が死をまぬがれた唯一の理由。
クメログには必要なものがある。それらのものを入手するのに、その娘が役に立つだろう。
莫大な情報。膨大な食糧。そして……。
クメログは空を見上げていた。
上空には、ちょうど帰還した《ギルガメシュ》の勇姿があった。
彼は、それを手に入れる。手に入れてみせる。
銀河系最高・最強の船こそ、ブレーンデルの殺戮者が奪うにふさわしいのだ。