ローダン3000話『地球神話』(3)
3000話『地球神話』要約、その後編である。
伝説と化した地球へと旅をする話、実はローダン作家トマス・ツィークラーにも『フレイミング・ベス(Flaming Bess)』という全9巻のシリーズがある。
仮借なきヘラクレアンの侵攻に滅亡寸前の中央銀河連盟。難民の集う辺境の惑星には、「人類に危機が迫るとき、船長はめざめる」という伝説が残っており……人類最古の植民船コマンダーであったフレイミング・ベスは、最後に残った難民たちを守護しつつ、人類の故郷・地球をめざす、というもの。個人的にはおもしろいと思うんだけど……いま検索したら、ロックバンドしかひっかからんな(笑)
#最近、Kindle版原書も出そろっている。
閑話休題。
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間髪を入れず、搭載艇の格子状転送機をプログラムする。こちらが何の目的でステーションに忍び込んだか、そして何を手に入れたのかを、相手が理解する前に行動する必要があった。転送ケージに送出フィールドが発生し……ジュナさんたち3名は〈出口のない道〉へと転送された。
受入側は、小さな部屋ひとつきり。ジュナさんの背後で転送機のフィールドが消えると、天井にひとつだけのランプがわずかに狭い室内を照らすばかり。予期したとおりに、監視ロボットや生身のコントロール要員はいない。誰も望んで〈出口のない道〉へと踏み入ることはない。
こんなところへ、夫を救うため侵入するなど、自分はなんというリスクを犯してしまったのか……。
「気をつけろよ。すでにわれわれ、〈生命抑圧器〉の影響圏内だ」と、コンダイク。
あきらめてしまえ、と湧き起こる感情。四肢が萎えてしまいそうな無力感。これがカイラ人最悪の懲罰兵器、生きる意志を奪う〈生命抑圧器〉――。
抵抗する。抵抗できる。ジュナさんは目を閉じて、ランコの顔を脳裏に描いた。たかが機械に、単なるモノに、この燃えるような想いを奪われてなるものか。
ひとつだけの出入口を抜けて、3人は“外”へと歩み出た。彼方に丘の連なりが見える以外、変化のない平野のただなか、唯一の岩の小山の上に受入部屋はあった。どこか遠くで叫び声。それが人なのか獣なのか、ジュナさんには判断がつかなかった。
上を見上げる――広がるのは空ではなく、いまいるのと同様の風景。彼らが立っているのは、直径4キロの環状ステーション、その内側である。地平線は当然存在せず、上り坂のように、はるか遠方では壁のようにそそり立っているのだが、繊細な重力制御により、足下の地面はつねに“平ら”であると感じる。
外部から見ると、リング側面は透明な素材――あるいはバリアか?――でできていたはずだが、こちらからでは、グレイの霧のようなものに遮られて、惑星ペロリウスや星々の輝く宇宙空間は見えない。囚人たちがそんな“希望”を見ることなど、カイラ人は許さないのだ。
デフレクターを起動し、コンダイク、ジュナさん、サイプランの隊列で飛行する。近くに人影は――オクリルも――見えない。振り返ると、受入転送機があった小山も見えなくなっていた。不可視化スクリーンを張り巡らせ、組織的に囚人を転送機から遠ざけているのだろう。
〈生命抑圧器〉の作用か、悪い想像ばかりしてしまう。だが、いまはまだ、モチベーションを奪おうとするカイラ人への怒りが、ジュナさんを奮い立たせていた。
やがて最初の囚人たちを発見。ヒューマノイド――テラナーか、テフローダーか、ともかく見た目はレムール同盟(die Lemurische Allianz)の構成種族だ――の女性が1名、男性が2名。四つ脚の非ヒューマノイドが2名。
ここから、当初の打ち合わせどおり、ジュナさんは“単独行動”に移る。彼女はランコを捜すため、ただひとり〈出口のない道〉まで潜り込んだ、という体で、彼女たちの――彼女以外のふたりの――真の目的である〈生命抑圧器〉とは無関係を装う。
……無理があった(笑)
そもそも、ぼろ切れくらいしか着るもののない世界で、ちゃんとした防護服を着た女が突然登場したら、カイラ人の手先かと疑われてもしゃーないわなwww
ランコを探す手がかりを得ようと会話を試みるも、けんもほろろである。
だが、そのとき。天の配剤、というより、直前に女性が漏らした「カイラ人の悪魔の所業」だろう、いきなり地響きがした。宇宙ステーションで、地震――?
まだ体力の残っていた男性と非ヒューマノイドたちが走り出す。もはや立つ気力もない女性と、それを助け起こそうとした男性が逃げ遅れた。ジュナさんとふたりの間に、唐突に巨大な地割れが発生し、男女が呑み込まれる。
この防護服、故障してんのよー、なんて言い訳はどこかへすっとんでいた。飛翔装置を起動し、奈落へ落ちかけたふたりを掬い上げる。……女性はすでに、心停止状態だった。〈生命抑圧器〉は彼女から奪えるものを根こそぎ奪っていったのだ。
怒りと、涙がこみ上げてきた。
アガロルと名乗った男性は、ジュナさんに単純だが、唯一の解決方法を提示する。
飛べ――そして、問え。〈出口のない道〉は広大。もし同じ面積の都市であったなら、とうてい望みはないが、この世界はごく、ごく人口が少ない。飛翔服があれば、二、三週間でランコはみつかるだろう、と。
とはいえ、ジュナさんに残されているだろう時間にも、さほどの余裕はあるまい。多くの人々が集まる、配給所のある村へ向かえ。ただし、その“服”がここの人々にとってどれほどの価値があるかを考え、重々用心するがいい……。
アガロルに教わった方角の村――本来、囚人たちは皆そこへ送り込まれるという――。防護服を脱いで、その粗末な小屋がつらなるところまでたどりついた、まさにその瞬間。
環状ステーションと宇宙空間をへだてる灰色の霧が消え失せた。無数の星々の輝く夜空に、燃えるようにゆらめく赤い目玉があった――〈出口のない道〉の囚人たちを見下ろす、カイラ人の“目玉船”が。どこかに隠されたスピーカーから、声が、
『〈出口のない道〉への侵入者があった。ただちに出頭することを勧告する。さもなくば、おまえにも、邪魔するすべてのものにも、死あるのみ』
ジュナさんはいくつもの視線が自分へ向けられているのを感じた。あっれー、この格好でも、まだマズかったかしら……(汗)
『侵入者のつかまるまで、〈出口のない道〉の危険度は倍増する。食糧配給は現在をもって停止。諸君の協力を要求する』
ここよ! ここだ! ここにいるぞ! もはや大合唱である。聞きつけた戦闘ロボットが近づいてくるのも見えた。誰かが、彼女の腕をつかんで……
「ジュナ」
ふりむくと、ランコがいた。
充血し、わずかに濁った目。髪の毛は一部むしりとられ、カサブタになっている。足下もややおぼつかない。
だが、ランコだ。幼馴染みで、恋人で、夫で……。みつけた。いや、彼が彼女をみつけたのか。唇がふるえて、うまくしゃべれない。
「やっぱりあなたも、希望を捨てられないバカだったのね?」
バカってなにさ、キミだってつかまったんだろ? つーか、呑気に会話してる場合かキミたち(笑)
戦闘ロボットが発砲し、世界が爆発した。
……。
…………。
………………。
気がつくと、そこは《忠誠と信頼》の医務室だった。
あらわれたサイプラン・オクリは、彼とコンダイクが――記録上はすべて“ジュナさんが”やったことだが――どうやってジュナさんたちを救出したかを話してくれた。キミは迫る戦闘ロボットをたたきつぶし、追跡をふりきって転送ステーションまで舞い戻り脱出した。ステーションは爆破されたので、キミの足取りは誰にもわからない。
キミのご主人は爆発するロボットの破片で重傷を負った。あのありさまだったので、けっこうアブナイところだったようだが、医療機器による診断だと、無事快復するそうだ。コンダイクが現在タン・ハルウルと協議中の“商談”を終えたら、NDEがキミたちに新しい身元を用意する。
ああ、〈生命抑圧器〉自体は発見できなかったが、キミのご主人は3週間もあそこにいたんだ。なにかしら得られるデータもあるだろう……。
もはやあきれるしかないジュナさんである。あの状況で、ホントにいったいどうやったっていうのよ……?
サイプランはにやりと笑って、
「だって、われわれ、NDEの工作員だからね」
-*-
カイラ・ゾンデによる探知の危険を少しでも下げるため、ローダンは《ブジョ・ブレイスコル》で別行動を取ることを決断。目的地は、かつての中央銀河ユニオンの首星系エフェレゴン。その〈中央銀河要塞〉にいるというブリーなら、なんらかの有効な情報を持っているはずだ。
アトランの強硬な主張により、ゼミナさんとそのパアウと星船も引き連れての旅となる。艦長兼パイロットとしてファリエさんが同行することになったのは、ひょっとしてお目付役か?w
《ラス・ツバイ》による早急なソル系探査も議題に挙がったが、〈アナンシ〉によると太陽系は人類の故郷としてではなくともなお銀河系の焦点のひとつであるらしく、拙速は勧められないとのこと。これを受けてアトランは巨船のオーヴァーホールのため、銀河間虚空にあるポスビの暗黒惑星クルスー(Culsu)を目指すつもりでいた。
万能母艦の建造に一役買った惑星であるが、そもそもが民間(笑)の極秘プロジェクトであった関係で、ギャラクティカムにもその存在は秘匿されていた。いまとなってはその座標を知るのはポスビたちと〈アナンシ〉――と《ブレイスコル》のポジトロニクス〈オックスフォード〉――のみであった。当時を知る、シクさん並び〈アナンシ〉担当のカマシト人シャルヴァさんは、そのため《ツバイ》に同行する。
《ツバイ》の修理には、クルスーのドックが十全な機能を保持していると想定して、4~6週間が必要と見積もられている。再会の予定は8週間後、11月4日とさだめられた。合流ポイントは、敵に予測されない場所である必要から、〈アナンシ〉と〈オックスフォード〉の間で乱数ジェネレーターにより決定している。
だが、ローダンはそれでもなお納得しきれない懸念があるのか、アトランとふたりだけの会話で、追加の合意を取り付けた。
「11月5日の24時まで待って相手が来なかった場合――11月15日に、惑星ヘルゲイトで」
フラグか(笑)
アルコン人にも憂慮はあった。なんといっても500年が経過している。ひとつの帝国が勃興し、また滅亡するに足る時間である。“混沌寄り”の調整を受けた活性装置を持つブルが、かつての友であるとも限らない。
わたしがカオタークであるならば――とアトランは言う――、終末戦隊すら退けた銀河を制御下に置くために、不和と不信の種をまき、分裂を誘うだろう……ちょうど、現在の銀河系のように。ローダンは微笑んで、
「そして、わたしがわたしであるならば、信頼を育てることで戦いを挑むでしょう」
ああ、キミならそうするだろうさ――と、アルコン人もようやく破顔した。
ローダンとファリエさんを先頭に、《ブジョ・ブレイスコル》の乗員たちが持ち場を埋めていく。
パイロット・シートに座を占めたファリエさんの横に立ち、ローダンは思う。人は時に、手にしたことのないものを失い、その喪失に苦しむもの。彼女の母に――自分の娘に――ローダンは会ったことがない。その存在さえ知らなかった。
ファリエさんは、細胞活性装置所持者の子がよくそうであるように、60歳をすぎた現在でも少女のように若々しい。あと何年一緒にいられるだろう。それでも、こうして彼女の人生に関われるのは、神の慈悲といえよう。
点灯したパノラマ・ギャラリーをみつめながら、ファリエさんが問う。待ち受けるものが、怖くないの?
「いや」ローダンは答えて、「いま抱いているのは、心配だけだ」
元レジデントにして元・深淵の騎士、人類の本番パイロット兼水先案内人であるおじーちゃん少佐殿は、心配している、と。自らに言い聞かせるように、また同時に、ややおちゃらけた調子のファリエさん。
でも、カイラ時代の星々が用意するものを恐れはしない。――なんで?
係留具が次々と開放され、マーズ級巡洋戦艦が解き放たれる。
ローダンは、ファリエさんが座るシートの背もたれに手を置き、囁くように、
「あれら幾千億の太陽は、エネルギーを冷たい宇宙に放出するガス球にすぎない。われわれがそれへと手をのばして、はじめて“星々”になるのだ」
そーゆーもの?
「そういうものさ」
うん、とひとつ頷き、ファリエさんが高らかに発進を告げた。
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夜。新テラニアの広がる夜空を見上げる男がひとり。
自由ギャラクティカー連盟のレジデント、レジナルド・ブル。
バルコニーのバリアを消し、冷たい空気を胸に吸い込む。銀河中枢部に近いこのあたりでは、雲がたれこめていない限り、闇夜になることはない。密集する星々の光景は、何度見ても驚嘆させられる。
テティス湖上空に浮かぶ太陽系政庁を擁する都市の夜景。
ブリーは星座を探した。人類はどこへ行っても星座を作る、と揶揄するように、あるいは感嘆するように、他の種族は言う。太古レムール人の時代からそうだった。ましてルディンから見えるこの星の数なら、人類の持つ素材からいくらでも生み出せた。カサンドラ座、オルフェウス小径座、深淵徴税人座……。だが、それは彼が見たいと望むものではなかった。
背後に、1体のポスビが現われた。かつてヴェトリス=モラウドの顧問をしていたガヌドである。現在はブルの護衛と秘書のような役割を務めている。
毎度々々バリアを消去するのは感心しませんな、というガヌドに、勇敢なるポスビはぐっすり眠って電気羊の夢を見ているこの時間に、お小言を言いにきたのかね、と返す。
ポスビは《ヴォーラタ》の到着を告げにきたのだ。タマロンの旗艦がエフェレゴン星系を包むクリスタル・バリア前面に到着し、着陸許可を求めている。ポスビの“サードアイ”がタマロンの立体映像を映し出した。
「やあ、ケール」と、ブリー。
#ケール=ケドファン(Caer-Cedvan)はヴェトリス=モラウドの本名(改名前)。
「アコンの友はもう着いたかね?」と、タマロン。
着いていなかった。アコン評議会共和国最高評議会の第一議員を務めるアコン女性レーロナ・タン・タロルからは遅刻を詫びる連絡が入っていた。
ソル宙港へ下りたら今後のスケジュールについて知らせる、と着陸許可を出して通信を切った。
夜空を見上げる。何かを探すように。一筋の流れ星に見えたものが、次第に大きくなり、着陸する球形艦に姿を変えはしないかと。
だが、彼が帰りを待つ船は《ヴォーラタ》ではなかった。
「まだ、希望を捨てていないのですね」ガヌドが言う。
「いつか彼らは帰ってくるとも」応えるブリー。
〈全所の都市〉にこもった彼の妻子、トイオとシナエ。彼の友人たち、アトラン、グッキー……そして、ペリー・ローダン。ため息が漏れた。
希望など、ないほうが良いのかも。と、ガヌド。その方が、物事がよく見えるようになり、決断が容易になり、驚かされることもなくなり――。
「より仮借なく、非人間的になるのさ」
無論ブルにはわかっていた。ガヌドが彼から希望を奪おうとして言ったのではないことくらい。だが……。
そう、それは希望ではない。彼は“知って”いるのだ。彼らはいつか必ず、帰ってくる――。
ブルは両手をぴしゃりと叩いて、
「さ、ちょっとばかり超過勤務だ、ブリキ箱! 仕事にかかるぞ!」
(ENDE)
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